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COLUMN

価値観の変革・境界の破壊をもたらす探究心とアートの力

著者:長谷川 一英

2022.Aug.25

このコラムの共通のテーマであるTranscreationとは、「これまで価値がないと思われてきたものや価値を見出すのが困難なものなど、それらの意味を再解釈して新しい命を吹き込む力」と定義されています。

今回は、ボーダレス、境界を破壊する探究心による価値観の変革について考えてみたいと思います。

以前、赤瀬川原平さんの著書『四角形の歴史』を紹介しました。自然界にはない四角形ですが、人間が生活するうえでは非常に便利な概念です。特に自分の居場所と他とを分ける境界線として多用されています。境界線を引いて自分の居場所を確保することは大切なことです。しかし、境界の存在に気づかず、その中に居続けることで思考が固定化してしまうことも多々あります。現在、多くのビジネスパーソンがそのような状況に陥っています。

見えない境界に気づき、破壊するにはどうしたらいいのでしょうか?

デジタルアートによる境界の破壊

デジタルアートでさまざまな境界を破壊しようとしているのが、ウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」です。

チームラボの代表、猪子寿之さん(1977〜)は徳島の出身。

高校生のときにテレビに映る東京の姿を見て、自分が住んでいる世界と連続しているようには感じられなかった、境界の向こう側の世界のように感じていたと言います。

森の中を歩いていて美しいと思った景色を写真に撮ると、どうも自分の体感と違うものになってしまう、自分のいる世界とレンズが切り取った世界との間に境界ができるように感じたそうです。

猪子さんは以下のように語っています。

「どんな映画であろうと、レンズで撮った瞬間に“境界”が生まれます。それがレンズというものの特性だから。レンズによって視点は固定され、視点を固定するために人はイスに座って映像を観る必要がある。レンズがイスを呼び、身体性を捨てさせているんです。」

チームアボは、デジタルテクノロジーを使って、視点が固定化せず、鑑賞者の身体が存在する空間と作品の空間とが連続しているように無意識に感じる仕組みを構築しました。

私も写真が、自分の見た景色と違うことには気づいていましたが、そこから、レンズが境界を作っているという考えはなかなか出てこないように思います。身近な現象の中に“不思議”を見出し、それがどういうことなのかとことん探求することで出てくる発想ですね。

お台場にある、その名も「チームラボボーダレス」に行ったことがあります。とにかく凄い体験です。

敷地面積1万平米という広大な施設の中、いくつもの作品を観ることができます。映像作品でありながら、動き回っても、いつも正面から観ているように感じる、森の中にいるのと同じ、いやそれ以上の没入感を体感できます。

通常のプロジェクションだと、自分が立っているところと映像の間に境界というか、距離を感じてしまうのですが、「チームラボボーダレス」は全く距離を感じさせません。

境界の破壊は価値観や認識を変える

境界を破壊することを体験することで、従来もっている価値観や認識を変えるきっかけになると猪子さんは言います。

「自己との境界が曖昧になり、他者との境界も曖昧になり、作品、つまりは世界と自分との境界も曖昧になる状態を体験することは、実はすごく重要なことだと思う。他者との境界も不明確になれば、ふだん得られないような感覚を覚えられるし、世界との境界もなくなると、自分は世界の単なる一部でしかないことを知ることができるから。」

一方、評論家の宇野常寛さんのコメントもとても興味深いです。

「インターネットに限らずさ、僕たちの日常のコミュニケーションって、ほとんど狙ったところにしかボールは届かないじゃない。そうじゃなくて、目をつぶってボールを投げて世界に関与すると、相手はわからないけど確実に世界の誰かがそれを受け取ってることがわかることで、はじめて得られる肯定感がある。狙ったところにボールを届けるには、個人の能力とか運にすごく左右される。でも、自分の投げたボールがランダムに誰かのところに届くってことが信じられると、自分の存在そのものへの肯定感が得られると思うんだよね。すべてがつながっている「境界のない世界」の肯定感ってそういうものだと思う。」

チームラボは、身体と作品との間の境界を破壊することから発展させて、自分と世界との間にある境界をも揺るがすことを目指して作品制作をしています。世界との境界をなくすことができれば、人類の価値観や認識は大きく変わり、人類のステージを前に進めることができると考えています。

考えていることがあまりに壮大ですが、環境問題や紛争などは全て人間の欲望が築いた境界が原因といってもいいもの。世界との境界を破壊し人類が前に進むことのできる未来は、なんとしても見てみたいですね。

地球上を旅し、その場所の人を知る

写真家・石川直樹さん(1977〜)は、2022年7月22日、世界で二番目に高い山K2(8,611 m)に登頂しました。3度目のチャレンジでした。

2019年の2回目のチャレンジ、8,000 mより上の雪の状態が悪く、残念ながらあと一歩のところで引き返してきました。

その直後、私は、科学技術と経済の会に石川さんをお呼びして、講演をしていただきました。

講演のタイトルは「地球を旅する」。山に限らず地球上のありとあらゆるところを旅し、人々と交流しながら写真を撮っている、その世界観について語っていただきました。

石川さんが最初に海外を旅したのは高校生の時。夏休みに、学校には秘密にして一人でインドとネパールに行き1ヶ月を過ごしました。最初にインドとネパールに行ってしまうところが只者ではありません。

「世界というのは本当に多様で、自分が常識だと思っていることがいろいろな考え方のうちの一つでしかないというようなことを体で学んだ。それ以来、もっと自分の知らない世界を見てみたい、自分の体で世界を感じてみたいと考えるようになった。」

石川さんは、20歳から22歳にかけてミクロネシアの島々を巡り、古老から星の航海術を学びました。地図もコンパスも、もちろんGPSもない時代の航海技術がいまも受け継がれているのです。島と島はかなり離れていても、同種の言語と共通の文化をもっています。星の航海術で、境界など意識することなく移動していたと考えられます。

さらに、山形県のマタギや北極圏の小さな村で狩猟を習ったり、犬ぞりに乗ったりしてきました。山に登るときも、登頂は目標の一つですが、それに止まらず、シェルパの人たちや途中の村人たちの生活を学んでいるのです。

石川さんのこのような活動について、大学院の先生が次のように話したそうです。

「生きるための技術というのは芸術そのものである。英語のアートという言葉はギリシャ語のアルスが語源で、アルスのもともとの意味は技術である。その生きるための技術というものを突き詰めていくと、それはもう芸術だ。石川が関心を持ってやっていることは芸術の根源とつながることだ。」

探求し境界を破壊しつづけることで、未知の世界がつながる

石川直樹さんは、自分の旅の根源について語っています。少し長いですが引用します。

「インターネットで調べて、こういうことかってわかったつもりになっちゃうと、途端にその物事に対して興味を失ってしまいます。だけど、その「わかった」は錯覚というか、きっとわかってない。ぼくは、自分の目で見て、耳で聞いて、体で感じながら世界のことを理解したいっていう気持ちが強いんです。例えば、K2という山は、なかなか登るのが難しいとされています。もちろん山の名前は知られていますが、じゃあ6000メートル地点と7000メートル地点、8000メートル地点に何があってどんな風景が見えるのか。本当はどれだけ難しいのか。それは、文献を調べてもネットで検索しても、よくわからないじゃないですか。その場所に行って、自分がどういう状態になるのか、何を見て何を見ないのか、そういうことも含めて、その場所を知るためには、行くしかないって思うんです。

ぼくの作品はすべてが例外なく繋がっています。北極圏を撮っているうちに古い壁画に出会い、壁画を撮り始めたらそれぞれの場所にある建物に興味が湧いて、それを撮り続けていたら、国境を越えたネットワークの存在に気付いて調べ始めて、というように連鎖していきました。ひとつの旅が、思いもよらない別の旅を呼び寄せて、世界が広がっていくような、そんな感じです。

8000メートルの山なんかに登っていると「俺、いま何やってるんだろう」ってときどき思うこともあるんです。人間が勝手に名付けた地球の出っ張りに、苦しい思いをしながら命懸けで登ったりすることに、なんの意味があるのかな、とか。いったい人間ってなんなんだ、とかって考えるわけです。そうするうちに、人間の内面にも興味を持ったりして、未知は外にあるのではなく、内にもあるんじゃないかって思って。それを具体的に考えるために仮面の祭祀儀礼を撮りにいったりする。そうやって、繋がっていくというか。」

私たちは、インターネットで調べてわかった気になってしまい、自分の境界の中に止まってしまいます。しかし、わかっていないと思って境界を破壊すれば、次から次に未知の世界と出会い、価値観や認識を変革させることができるのです。

探求するエネルギーの源としてのアート

私は、猪子さんや石川さんのようなアーティストの思考や行動が、イノベーションや創造を起こすために必要な行動と共通しているという仮説に基づき、彼らがどういう思考をしているかを追求しています。

今回紹介した二人は、身近な事象の中に“不思議”を見出しとことん探求する、その過程で境界を破壊していくすさまじいエネルギーをもっていることを見てきました。ビジネスパーソンが同じように探求するエネルギーを獲得するにもアートの果たす役割は大きいと思っています。

最後に、テクノロジストである猪子寿久さんが考えるアートの力を紹介しましょう。

「科学は客観的に世界への解像度を上げて、人間はそれを認識することによって世界の見える範囲を広げてきた。対して、アートは長い歴史の中で世界の見え方を変える営みとして存在していた。そういう風に考えると、“美意識”が人間の行動を決める最大の要因とも言えるかもしれない。

チームラボが大切にしている世界観は、他者の存在を肯定し、連続した物語や体験を描くことです。その背景にあるのは、全てがつながっているということ。人と人だけじゃなく、人と世界がつながっていることを肯定して、心から美しいと感じられる作品を生み出していきたい。その過程でアートが果たせる役割は大きいのではないかと感じています。」

参考文献

  1. 1. 赤瀬川原平『四角形の歴史』筑摩書房
  2. 2. 猪子寿之、宇野常寛『人類を前に進めたい チームラボと境界のない世界』PLANETS/第二次惑星開発委員会
  3. 3. 猪子寿之「境界を曖昧にすることで、世界がちょっと違って見える」Harvard Business Review
  4. 4. 猪子寿之「連続するものは全て美しい」遅いインターネット
  5. 5. 長谷川一英「K2登頂 探求者とともに見知らぬ世界に挑む」
  6. 6. 石川直樹「地球を旅する」技術と経営 2020年1月
  7. 7. 石川直樹「地上に星座をつくる」新潮社
  8. 8. 石川直樹 〈未知なる驚き〉の追求と〈世界の相対化〉という矛盾が同居する写真表現
  9. 9. 長谷川一英「ビジネスパーソン向けのアート思考ワークショップ「Artistic Interventions」を開催:常識を覆すコンセプトを創出しよう!」
  10. 10. 「自分を超越した体験はアートの中にこそある」|チームラボ代表・猪子寿之

COLUMN

TEXT & EDIT: Kazuhide Hasegawa

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