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COLUMN

「ドリルミュージック」を通して掘り下げる世界のヒップホップスラング

著者:キーラン・ホランド

2021.Jul.09

TRANSCREATION®Labでは、Meaning Miningと名付けた独自の言語分析手法を開発中です。これから毎月、文化と言語の関係に注目し、世界中の面白い言葉をMeaning Miningで紐解いていきます。今月は、ヒップホップのサブジャンルである「ドリル」を取り上げ、その歌詞がどのように各国のスラングやさまざまな文化を吸収しているのかを見ていきます。

2010年代にシカゴで生まれたドリルは、Chief KeefやLil Herb aka G Herboなどのアーティストが中心となり少しずつ認知を得ました。ライバルのギャングを脅したり、ドラッグを売って得た富を自慢するような歌詞が特徴です。その暴力的な内容から、メディアや法律家からは危険だと非難されることもありましたが、ドリルは瞬く間に世界中に広まり、ロンドンやアクラなど様々な都市で定着しました。

また、ドリルは、他のアーバンミュージックと同様に、ディアスポラ言語などの影響を受けた新しいスラングが生まれる土壌となり、言語の多様性の源となっています。

アメリカにおけるドリルのスラングは、主に国内のヒップホップに由来しています。ヒップホップというジャンル自体がスラングの宝庫と言えます。例えば、「trap」は違法薬物の取引を表すスラングで、ヒップホップ全般で広く使われています。しかし、ドリルやその発祥の地であるシカゴ特有の言葉もあります。例えば、「opps」(oppositionの略で敵対するグループを指す言葉)、「chiraq」(シカゴの犯罪率の高さが戦場に似ていることにちなんだシカゴの別称)、「foe nem」(友人や味方)、「no lackin」(武装している)などです。

イギリスのドリルは、米国のそれとは語彙的に大きく異なります。ヒップホップがあまり広く確立されていないことや、ジャングルやグライムといった自国で生まれた他ジャンルが混在していることから、インプットの仕方も多少異なります。西アフリカのペンテコステ系キリスト教用語である「pagan」(嘘つきまたは裏切り者)、ジャマイカのパトワ用語である「headtopped」(頭を撃たれる)、「Skeng」(ナイフ)、「leng」(銃)、「wagwan」(what’s upに近い挨拶)など、さまざまなディアスポラとのつながりから生まれた言語体系が存在します。そして、テレビゲームや日本のアニメの用語を使って、敵対するギャングへの脅しや暴力を「ゲーム化」するという、不穏かつ独創的な表現方法も用いられます。ゲームの効果音や、剣や忍者といった言葉が歌詞内に多々登場します。

さらに興味深いのは、ドリルなどのジャンルが日本でどのように進化しているかという点です。すでにYENTOWNやkiLLaなど、多くの日本のアーティストが類似したジャンルのサウンドを取り入れています。文化的背景や社会の成り立ちが明らかに異なり、犯罪やドラッグといった問題も比較的少ない中、どのようにジャンルとして発展しているでしょうか。日本のヒップホップやドリル特有の言葉も、すでに生まれつつあります。例えば、「ブリってる」はヒップホップのスラング「bling」(高い宝石やアクセサリー)から来ていますが、日本のアーティストは薬物を使用した際に得られる高揚感を指す言葉として使っています。これから日本のドリルやヒップホップがさらに進化していく中で、もっと面白い言葉が出てくるかもしれません。

ドリルは、スラングを広めるような若者に愛される一方で、社会に悪影響を及ぼすという視点から批判の対象にもなっているジャンルです。賛否両論があるジャンルですが、言葉という点においてドリルの独創性を否定することはできないでしょう。

COLUMN

TEXT & EDIT : Kieran Holland

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