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COLUMN

ティッピング・ポイント~変わりゆく言葉とともに~

著者:西田 孝広

2024.Nov.14

米国で人気のノンフィクション作家、マルコム・グラッドウェル(英国出身。カナダ・トロント大学卒)の2000年の著書に『The Tipping Point』* がある。ティッピング・ポイントとは、アイデアや流行、行動様式などが、一気に「ブレイク」して社会に浸透する重要な契機、臨界点を指す。SNSなら、「バズる」瞬間にあたるだろう。少しずつ溜まった水の力でダムが決壊して一気に水が溢れ出すようなイメージだ。また、それまで「ダサい」とされていたファッションが、特定のグループに属する人たちが愛用するなど何かのきっかけで、「クールな」ものとして流行り始めるといった「潮目」が変わる瞬間、すなわち転換点もティッピング・ポイントと呼ぶことができる。”Tip”は、「先端」、「秘訣」、「心付け」など多様な意味を持つ言葉だが、動詞”tip”には、「傾く」や「ひっくり返す」という意味がある。シーソーが傾いてバッタンと上下が入れ替わる瞬間を思い浮かべるとイメージしやすいかもしれない。

同書では、さまざまなケーススタディーを通じて、社会の中で、そうした「ブレイク」や「変化」が起きる「仕組み」が考察されていく。例えば、割られた窓ガラスを1枚放置していると、残りのガラスもどんどん割られてしまい街が荒廃していくという「割れ窓理論」に基づいて、横行していた地下鉄の落書きのクリーンナップを犯罪率低下へとつなげた1980年代後半のニューヨーク市の成功例などが紹介されている。

言葉のティッピング・ポイント

ここでは、言語におけるティッピング・ポイントについて考えてみよう。言葉の「ブレイク」とは、以前は存在しなかった、あるいは一部の界隈でしか使われていなかった言葉が、新語、流行語や業界のバズワードなどとして、耳や目につき始める状況だといえる。一方、言葉の「変化」のわかりやすい例としては、「ヤバい」や「エグい」などの否定的な言葉が、いつの間にか誉め言葉として常用されるようになったことが思い浮かぶ。

ブレイクした言葉の中には、1979年に流行語となった「ナウい」のように時代と共に忘れられるものもあれば、同時期にその反対語として登場しながら現在でも日常的に使われる「ダサい」のように一般的な語彙として定着するものもあり、その運命はさまざまだ。また、ネガティブな言葉がポジティブな表現に様変わりするのは、日本語に限った話ではない。英語では、”sick”や”dope”、さらに端的な例としては、”bad”といった言葉たちが誉め言葉として使われるようになっている。元々黒人口語(AAVE:African American Vernacular English)として使われていたものが、ポップカルチャーなどを通じて、より広く社会に浸透するというのが、代表的な普及パターンの一つだ。日本なら、若者言葉、あるいはアイドルのファンやゲームオタクといった特定のコミュニティの用語に端を発し、ソーシャルを含む各種メディアを通じて拡散されていくケースが多いだろう。芸人の決め台詞が広く世間で流行るのは、お笑い人気が高く、「型」を重んじる日本的な現象と言えるかもしれない。

意味の変化

先日、「サイパン」という地名が、アイルランドでは、「大惨事」とか「悲劇」を意味する俗語になったというおもしろい話を聞いた。日韓同時開催の2002年FIFAワールドカップに先駆けて、同国代表チームは、サイパンで事前合宿を敢行。そこで、マッカーシー監督と主将ロイ・キーンが衝突し、スター選手だったキーンが代表を外されてしまう「サイパン事件」が勃発した。このサッカー界の悲劇が、その後、日常的な場面でも比喩として使われるようになったのだという。「昨日の面接どうだった?」と聞いて、「サイパン」という答えが返ってきたなら、残念ながら「撃沈した」ということだ。日本でも「外れるのはカズ、三浦カズ」や「ドーハの悲劇」など大衆の記憶に刻まれた言葉はあるが、サッカー以外のコンテキストで聞くことはない。もっとも、「大金星」、「フライング」といった一般的なスポーツ用語や、「メッカ」といった地名が特別な意味を持つ比喩として一般的なボキャブラリーに取り込まれるのは万国共通で、言葉の「意味変化(semantic change)」の一種ととらえることができる。

もちろん、言葉の意味やその守備範囲が時につれて変化するのは、今に始まった話ではない。神や自然に対する畏怖の念を表す重い言葉だった”awesome”が、今や米国人が一番気軽に使う誉め言葉へと変貌したのは、よく知られた例だ。元来の意味は完全に廃れてはいないものの、主に詩や文学などに追いやられ、自然災害を報じるニュースにでも使おうものなら、不謹慎のそしりを免れないことだろう。日本人にもお馴染みの”nice”も、元々ラテン語で「無知」を意味する”nescuis“から派生し、中世英語では「愚かな(stupid)」という意味だったが、その後変化を遂げて「よい」、「素敵な」といったポジティブな意味で使われるようになった。

誇張表現とオーバーユースの行く末

「謙譲の美徳」を愛でる日本でも、さまざまな言語表現がどんどん大げさになり、「この先一体どこに行き着くのだろう?」と不安に駆られたことはないだろうか? 世間には、「〜過ぎる」人たちや「神」がかった行動が目白押しだ。もちろん、これも日本の専売特許ではなく、英語のイベント告知やニュースを読むと、どれもこれも”epic(叙事詩的)”で”iconic(象徴的)”だと書かれていてうんざりする。日常会話でも、「文字通り(literally)」という言葉が、「昨日は文字通り死んじゃったよ(I literally died yesterday)」といった具合に、現実には「文字通り」ではありえない状況でも誇張表現として定着してしまい、実際にその通り起こったのか起こりそうなだけだったのか区別がつかなくなってしまった。

広告はその性質上誇張表現の宝庫だし、インパクトのある見出しや表現で目を引くのが命のSNSの普及がこうした傾向に拍車をかけているは言うまでもない。意外なところでは、海外メディアのスポーツ記事の翻訳が増えたこともこれに一役買っているかもしれない。例えば、英語の”great”は、本当に「すごい」時にも使うが、「(まあまあ)上手い」くらいの軽い意味でも使うかなり幅のある言葉だ。しかし、ほとんどの場合、「great = 偉大な」と画一的に処理されている。そうなると、真のレジェンド級の選手ならともかく、ちょっと見どころのある新人くらいまでひっくるめて「偉大な」選手の大安売りになってしまう。

潮目を読む

時代に合わせて「響く」言葉を発信するためには、新しい言葉や流行りの表現とうまく付き合っていくことが必要だろう。しかし、一旦旬を過ぎた言葉は、その流行度合いと反比例するように、陳腐さが際立つようになる。前述の”literally”のように、ところ構わず使われ過ぎて、本来の意味をなさなくなってしまうことさえある。その潮目を読むのは時に至難の技で、自分の生活圏と異なる場所で起きている変化ならなおさらだ。時代をつくる、時代をうつす、時代をこえる。私たちも、私たちが操る言葉も、その狭間で、日々移ろいながら、もがき続けていくのだろう……。

*日本では、『ティッピング・ポイント:いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』、『なぜあの商品は急に売れ出したのか: 口コミ感染の法則』(共に飛鳥新社)、『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(SB文庫)とタイトルを変えて訳書が複数回刊行されている。

COLUMN

TEXT & EDIT: Takahiro Nishida

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