クリスマス前のこの時期に、英語で”Have you been whammed yet?(もうワムられた?)”と聞かれたら、今年「もうワム!の『ラスト・クリスマス(Last Christmas)』を耳にした?」、いや、「聴かされてしまった?」という意味だ。由来は、”Whamageddon(Wham!とこの世の終わりの最終戦争Armageddonを合わせた造語)”というサバイバル・ゲームで、12月1日から24日にクリスマスイブが終わるまでの24日間、いかに長くワムの『ラスト・クリスマス』を聴かずに過ごせるかを競うというもの。2010年頃に始まったとされ、「リミックスやカバーは対象外」といったルールを明示した公式ウェブサイトまで存在する。1984年リリースなので、今年で実に40回目のクリスマスを迎えることになる同曲だが、今でも毎年あらゆる場所やプレイリストでかけられる定番曲だからこそ成立する“チャレンジ”だ。
ワム!といえば、1980年代に一世を風靡した英国のポップ・デュオ。しかし、グループとしての活動は、1981年のデビューから1986年に解散するまでのわずか5年間に過ぎない。そして、ソロになってからも人気を博したジョージ・マイケルが2016年のクリスマスにこの世を去ってから、早くも8年が経とうとしている。『ラスト・クリスマス』は、エチオピア飢餓救済のために立ち上げられたチャリティ・プロジェクト、バンドエイドの『ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?』と同年のリリースだったため、実は発表当時英国チャート1位は獲得できておらず(最高位2位)、なんと37年後の2021年に初めて1位に輝くまで、長らく「英国チャート1位になれなかった最大のヒット曲」として知られていた。
そして、『ラスト・クリスマス』の1位達成に伴ってその座を引き継いだのが、ザ・ポーグスのシェイン・マガウアンがカースティ・マッコールとデュエットした1987年の名曲『ニューヨークの夢(Fairytale Of New York)』だった(英国チャート最高位は2位。現時点での「1位になれなかった最大のヒット曲」は、ザ・キラーズの『ミスター・ブライトサイド』)。『ニューヨークの夢』は、「21世紀に最もかけられたクリスマスソング」で、今年11月にTime Out誌が発表した「史上最高のクリスマスソング・ベスト50」でも堂々第1位に輝いている。ちなみに、2位は、マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス(All I Want For Christmas Is You)』で、ワム!の『ラスト・クリスマス』は10位にランクインしている。
ザ・ポーグスは、英国生まれのアイルランド人シェイン・マガウアンが中心となってロンドンで結成した、ケルティック・パンクを代表するバンド。『ニューヨークの夢』は、夢を抱いてニューヨークに移り住んだアイルランド人カップルが、厳しい現実に直面しながら年を取り、汚い言葉で互いを罵りつつも、愛情ある2人のやり取りが胸を打つ、大人の哀愁に満ちた「おとぎ話(fairytale)」。英国でも大人気だが、アイルランド人や世界中に散らばるアイルランド系移民の心には特に深く刻まれている(同国チャートでは当然のように1位獲得)。昨年マガウアンが惜しまれつつ他界した折には、その葬儀で演奏され、ご家族が曲に合わせて踊り出したことでも注目を集めた。アイルランドのマイケル・D.ヒギンズ大統領は追悼の声明文を発表し、ダブリンの街角には市民たちによる追悼の合唱が響いた。
なんだかワム!をダシにザ・ポーグスの話をしてしまった感が否めないが、もう一つだけこの時期にふさわしいちょっといい話を。『ニューヨークの夢』の歌詞に、NYPD(ニューヨーク市警)合唱団が『ゴールウェイ・ベイ(Galway Bay)』(1947年の曲で、ビング・クロスビーの歌唱で大ヒット)を歌っているという有名な下りがあるのだが、これは明らかな作り話。なぜなら、当時も今もNY市警に合唱団は存在しないから。しかし、昨年、ダブリンにあるアイルランド移民博物館EPICが、マガウアン追悼の意味を込めて、NY市警を引退した元警察官と市民合唱団による同曲の歌唱を企画して実現。こちらも心に響く美しい仕上がりになっているので、ぜひご一聴あれ!
さて、最後に話を元に戻そう。
「(あなたは)今年もうワムられた?」
「(きっと)もう聴いてしまったに違いない!(I bet you have!)」ですよね?
何はともあれ、メリー・クリスマス!そして何より、世界に平和を(Peace On Earth)!!
よい年末年始をお過ごしください。
COLUMN
TEXT & EDIT: Takahiro Nishida