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COLUMN

アートは時代のTranscreation ①アナザー・エナジー展@森美術館

著者:長谷川 恵美子

2021.Aug.12

Transcreationとの出会い

初めまして。私は、典型的な日本の英語教育を受け、英語が得意でもなかったのに、女子大の文学部英文学科に進みました。そして外資系企業に就職。振り返ってみると、言葉にまつわる苦労や失敗の連続です。一方で、真の言葉の壁とは、言語ではなく文化なのだとなんとなく実感した私は、英語をそこそこレベルで棚上げし、スイス本社の人たちとの交流の機会を通してドイツ語、イタリア語、フランス語と手を広げ、カタコトのコミュニケーションを楽しむことを覚えました。Transcreationのコンセプトを初めて聞いた時、これまで必要性を感じていた文化と文化を直接つなぐような翻訳が実現することに、感動を覚えました。まさに翻訳にも「創造」による飛躍が必要だったのですね。

現代アートの魅力とTranscreation

私は今、現代アートの世界の魅力に取り憑かれています。現代アートの定義は色々とありますが、原点はフランス人アーティストMarcel Duchampが、1917年に陶製の男性便器にサインをして《泉》という作品名で発表したところまで遡ります。既製の物体に、本来の用途とは異なる意味やコンセプトを与え、作品として命を吹き込むその手法は”ready-made”と呼ばれ、当時のアート界にセンセーションを巻き起こしました。以後、アートは、見た目の美しさや技法の巧みさを追求するのではなく、物事の本質やコンセプト、メッセージを具現化するアーティスト独自の表現として展開されています。現代アーティストたちは、時代を独自のアンテナでとらえ、解釈し、「作品」という形で表現します。アーティストが取り組むテーマは、社会課題から環境問題、人間の本質や価値観、国家や民族問題など千差万別ですが、誤解を承知で飛躍すれば、その創造活動は、「時代の創造的翻訳-Transcreation」作業と言えるかもしれません。アート作品を通して、私たちは時代に対する異なる視点や思想、変化の気配に気づき、新たな思考やイマジネーションのヒントを得ることで、時代を生きるということをより深く味わうことができると感じています。この連載を通して、「時代のTranscreation」として注目すべき現代アートシーンを紹介していきたいと思っています。

「アナザー・エナジー展」@森美術館

東京・六本木の森美術館で開催中の「アナザー・エナジー展:挑戦しつづける力 – 世界の女性アーティスト16人」(9月26日まで)は、時代の転換期に相応しい展覧会です。年齢は、72歳から上は106歳まで、出身地は14カ国。16人ともアーティストとして50年以上のキャリアがあり、現役で活躍している女性たちです。女性であることで男性アーティストよりも不利な環境下にありながらも活動を続けてきた彼女たちが、ようやく今、世界的に注目されるようになりました。会場に展示されている最年長106歳のCarmen Herreraさんのコメントには次のようにあります。

私は長い間待っていました。「バスを待っていればやがて来る」という言葉がありますが、私はバスを1世紀近くも待ってようやく来たのです!

I waited for a long time.  There is a saying, “If you wait for the bus, the bus will come.” I waited almost a century for the bus to come, and it came!

女性というだけで、メインストリームから外され、ギャラリストに作品を取り扱ってもらえず、作品発表の機会を与えられないなど、差別的な境遇にありながらも作品を創り続けたという点は、16人に共通しています。彼女たちが活動を始めた頃は男女の二項対立だった問題が、21世紀の現在ではLGBTQとさらに複雑になったジェンダー問題。さらにコロナ禍中でも人種問題が再燃するなど、まだまだ多様性への受容と理解が達成されていないのが世界の現状です。そんな中、確固たる信念を持ち、未来を信じて今やるべきことを行い続けること「=バスを待つこと」の重要性を改めて実感する展示でした。16人のアーティストそれぞれに個性があり、作品自体がカッコよくて魅力的です。コロナ禍中で来日が実現しなかった代わりに、各作家のインタビュー映像も併せて展示されていて、その内容がまた素晴らしい。会期中に美術館に足を運んで、ぜひ展示をご鑑賞いただければと思います。

アートが時代を先取りする

美術館のメインの展覧会は通常、準備に2年以上かかるとのこと。「アナザー・エナジー展」もコロナ禍のずっと前から企画されていたと考えると、メインストリームの限界が露わになり多極化する社会の中で、人々の価値観の変わり目ともいえる今、このタイミングで女性アーティストのみの展覧会というのは、先見性に満ちている気がします。昨年館長に就任された片岡真実さん率いる森美術館の今後にますます期待が高まります。

COLUMN

TEXT & EDIT: Emiko Hasegawa

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