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COLUMN

アートは時代のTranscreation ②アーティストが指南するアート界

著者:長谷川 恵美子

2021.Oct.13

コロナ禍の先を見据えて

2020年から続く世界的なパンデミックは、アート界にも大きな影響を与えています。昨年は、世界各国の美術館やギャラリーが一時的に閉鎖、展覧会やアートフェアが中止になり、多くのアーティストが作品発表の機会を奪われたり制限されたりしてきました。一方で、デジタル化の必要性への認識が急速に高まり、オンラインでのトークイベント·講座やビューイング、オークションを含めた作品の売買機会などが一気に普及したことで、新しいアート愛好者を呼び込むことに成功しました。そして、ワクチン接種と有効な予防策が周知されたことにより、感染拡大に一定の歯止め効果が認められて行動制限が緩和され、従来の展覧会やアートフェアなどのイベントが可能となった今、アート界は活況を呈しています。世界的に影響力のあるアートフェアArtBaselも、本拠地スイス·バーゼルでの開催が9月に実現し、少しずつ世界の年間行事が再開されつつあります。

アートの現場での実感

身近な展覧会に足を運ぶと、アーティスト自身が説明のために会場にいてくれる機会も増えているように思います。対面で話をする機会は格別で嬉しいもの。久しぶりに話をすると、作品自体はコロナ禍とは直接関連していなくても、じっくり時間をかけて作品を制作したり、調査や哲学的思考が深まったりと、何らかの形で活動に影響があったことを自覚しているようです。活動に様々な変更を余儀なくされた辛い一年を乗り越えた今、各地でのアートプロジェクトや展覧会企画で急に忙しくなっているとのこと。複数のプロジェクトを同時進行したり、海外の展覧会に呼ばれたりで、2年後の予定までほぼ埋まりつつあるという人もいます。

パンデミックの衝撃を直接的に表現した作品が多い印象だった昨年と比べ、最近見た展覧会は、明らかに一歩進んでいる感じがします。今後、それぞれのアーティストがこの歴史的転換期をどのように捉え、どのような表現に展開をしていくのかと思うと、とても楽しみです。

新しい現代アートの指南書「みんなの現代アート: 大衆に媚びを売る方法、あるいはアートがアートであるために」

そして、今回ご紹介するのは、今年8月にフィルムアート社から刊行されたばかりの『みんなの現代アート: 大衆に媚びを売る方法、あるいはアートがアートであるために』です。

イギリスの現代アーティスト Grayson Perryさんの著作 ”Playing to the Gallery: Helping contemporary art in its struggle to be understood” (2014, Penguin Books)が、「現代美術作家」 ミヤギフトシさんによる翻訳でこのたび日本語化されました。原著は以前に書かれたものですが、コロナ禍を経て再稼働が始まったアート界について、さまざまな論点を整理するのにぴったりの本です。コアのアートファンだけでなく、最近興味を持ち始めたアート初心者にもおすすめです。

原著者のGrayson Perryさんは、陶芸家としてキャリアをスタート、英国の一流アーティストの登竜門であるターナー賞受賞作家であり、ロンドン芸術大学の総長を務めるイギリスアート界の第一人者。大英帝国勲章を叙勲し、英国王室のキャサリン妃の友人でもあります。クロスドレッシング(女装)でも有名で、Masculinityを男性側から批判する著作「男らしさの終焉」など、幅広くユニークな活動を続け、イギリスで最も著名で発信力のあるアーティストの一人です。本書では、長年にわたり、アーティストとして活動しながら見てきたアート界について、実感に基づき、皮肉とユーモアを交えながら的確にわかりやすく解説されていて、数々の名言が散りばめられています。例えば、第1章のテーマは「民主主義は趣味が悪い」。思わず頷いてしまいました。他にも、アートの価値やクオリティ、美しさについて、アートとそうでないものの境界、そしてアーティストとして生きることについてなど、示唆に富む内容です。そして、Grayson Perryさんによるイラストもカラフルで気が利いていて魅力的です。

ミヤギフトシさんは、沖縄県出身、ニューヨークでアートを学び、現在は東京を拠点に、写真、映像、文筆、キュレーション等、幅広い活躍で注目されている現代美術作家です。国籍や人種、アイデンティティなどをテーマに、繊細で美しい独自の世界観を展開する作品で人気を博しています。2019年には小説「ディスタント」(河出書房新社)を刊行するなど、文筆家としても評価の高い実績があります。

大衆化する現代アートへの皮肉と警鐘

ミヤギさんは、肩書きを「現代アーティスト」ではなく、「現代美術作家」としていますが、その理由は本書の訳者あとがきにありました。

「自分の作品や活動について語るとき私は現代美術を使い、現代アートという言葉を避けていた。この言葉がまとってしまった軽さに戸惑いを感じてしまうからだった。」

当事者であるアーティスト自身がアーティストと名乗ることを躊躇するほど、現代アートの世界は大衆化に向かっていて、混沌としているようです。そんな現代アートの世界を、アーティストの視点から著者自身の経験を交えて指南してくれるのが本書です。

本書のタイトル「みんなの現代アート」は、英語版からひねりが加えられ、ミヤギさんのTranscreationがなされています。そもそも、アートは、全員の理解や同意を前提としない世界で、「みんなの」といった民主主義的な表現とは程遠い感じがします。大衆化していく現代アートに対するイギリス的な皮肉とユーモア満載の本編の内容を示唆する、意外性のあるタイトルです。

21世紀は多元主義の時代

Grayson Perryさんによると、20世紀に続いたモダニズムの時代はマニフェストに象徴され、主義主張の合わない他者を排除し差別化することで、アヴァンギャルドが成立していた一方で、21世紀は、多元主義の時代だろうとのこと。

こんにちのアート界は、世界中に点在する無数のアート界の連なりであり、さまざまな国々があり、新興国では常に新たなシーンが生まれている。

そして、著名なアメリカの美術評論家アーサー·C·ダントーの引用として

多元主義の時代において、私たちは寛容な多文化主義の理想を見ているのだろう。

政治的にも多文化に寛容な時代が来ることを、多元主義となったアート界が先見しているのかもしれない? Grayson Perryさん自身も、少し皮肉めいたコメントで締めくくっているように、現時点では、もう少し時間がかかりそうですね。

COLUMN

TEXT & EDIT: Emiko Hasegawa

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