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COLUMN

“Think Outside the Box” 〜見えない「箱」に気づく〜

著者:西田 孝広

2021.Sep.29

“Think outside the box”という表現を聞いたことはありますか?

「箱」すなわち「既成の枠」をはみ出して、自由な発想で創造的に考えようという意味で、英語でビジネスの話をする時によく耳にします。視覚化する際には、開いた箱から光った電球が飛び出している絵や、「まるばつゲーム(三目並べ)」で格子からはみ出して3つ丸を並べている図などがよく使われます。ちなみに、「ひらめき」や「新しいアイデア」を象徴する定番アイコン「光る白熱電球」からは、米国の発明王トーマス・エジソンが連想されますが、実際の発明者は英国のジョゼフ・スワン、その実用化に成功したのがエジソンです。

コロナ禍のもたらしたもの

 コロナ禍の中、私たちは生活様式の変革を余儀なくされ、社会における”Think outside the box(既成概念にとらわれない発想)”の重要性は格段に高まりました。積極的に推進されたというよりは苦肉の策として絞り出された面もあるとは思いますが、従来否定されたり懐疑的に捉えられていた制度が日の目を見る契機にもなりました。リモートワークやオンライン授業にしても、以前からやろうと思えばできたはずですが、日本ではコロナ禍に背中を押されてやっと本腰を入れはじめたというのが実情でしょう。デジタル化に象徴される社会の変化を加速させたのもコロナ禍なら、立ち止まって物事を熟考する余裕もなかったわたしたちに、もう一度大切なものは何かを考える時間をもたらし、これまでとは違う選択肢を教えてくれたのもコロナ禍でした。「りんごの木」の逸話で有名な万有引力の発見者ニュートンが、微積分法、光スペクトル解析を含む三大業績を成し遂げたのは、すべてペスト禍を逃れて故郷に戻り「創造的休暇」を過ごしていた一年半ほどの間(1665-66年)のことだそうです。今でいうワーケーションの先駆者と言えるかもしれません。

「箱」をひっくり返す

 とはいえ、コロナ禍に伴う変革はまだまだ表面的なものにとどまっている気がします。付け焼き刃的な対策にとどまらず、この機会にわたしたちの住む日本という「箱」を一旦ひっくり返して、この社会は本来どうあるべきなのか、どこに向かうべきなのかを問い直してみるくらいの大胆な発想を期待したいところです。突然大げさなことを言うようですが、デジタル化の遅れの根底には透明性・公平性を欠いた政府や行政への国民の根強い不信感があり、政治の世界に目を向ければ、男女不均衡といった問題以前に、そもそも適任者が要職につく仕組みになっていないことに愕然とします。既得権益と現状維持志向に縛られた日本を尻目に、地球温暖化に本気で取り組む先進諸国が、「再生可能エネルギー発電」、「化石燃料を使わない製鉄」、「ガソリン車から電気自動車への移行」といった野心的かつ実効的な目標を掲げ着実に成果を上げているのを見ると、歯痒い思いをせずにはいられないのです。

Photo: Åsa Bäcklin/HYBRIT。スウェーデン北部の街ルレオにあるハイブリット・プロジェクトのパイロット・プラント。鉄鋼大手SSAB、鉱業大手LKAB、電力大手バッテンファルが共同して、化石燃料を使わない製鉄法の実用化を目指している。鉄鋼業からのCO2排出量は世界全体の7%、スウェーデン全体の10%にも上るため、実現すればその効果は絶大だ。ボルボやメルセデス・ベンツが、同プロジェクト製の「グリーンスチール」を使った自動車製造計画をすでに表明している。

まずは「箱」に気づくこと

 わたしたちが育った環境や教育の中で培われた価値観や思考回路は、往々にして自分の一部として染みついてしまっているので、そもそも自分がどんな「箱」に入っているのか、その特性や限界を中にいながらにして客観視することは容易ではありません。ネット上には情報が溢れているので「箱」の外のことも含め何でも知っている気になりがちですが、海外情報が日本語の記事になる時点、特定の志向の利用者に表示される時点などいくつもの段階でフィルターがかかっています。また、たとえ同じ情報や出来事を見聞きしたとしても、自分のすでに信じていること、信じたいことに都合のいいように解釈する傾向が一層強くなっていると言われています。一番小さな箱の単位が「個人」だとすると、わたしたちひとりひとりが、自分の持つさまざまな属性(家族、出身地や居住地、学歴や職歴、性別や性的嗜好、身体的特徴や障害、人種、国籍、宗教、社会的・経済的地位、趣味志向などなど)の「箱」の囚われ人だと言ってもよいでしょう。あたりまえ過ぎて普段は意識しない、すなわち内側からは見えない「透明な箱」も多い一方、自分が差別や不利益を被る原因となっている「箱」は、否応なしに意識することになります。

「箱」の外に飛び出す

 ここでは、”Think outside the box”という表現にちなんで「箱」という表現を使いましたが、そうした属性を「境界」と言い換えることもできます。典型的な境界の一つに「国境」がありますが、日本が島国だったり、現在コロナ禍の真っ只中だったりといった制約はあるものの、物理的に国境を越えることはさほど難しいことではありません。海外体験の最大のメリットは、日本のことがよりわかるようになる、そして、もっと知りたくなることです。外に出て「実体験に基づく比較」という新たな視点を得ることで、それまで意識しなかった「透明の箱」が可視化されるわけです。自分がマイノリティになれば、「人種」もより意識するようになるでしょうし、「性別」という箱が日本とは違う色や形に見えるかもしれません。日本ではとても窮屈に思える「年齢」という箱があまり意味を持たない場所に行けば、世代を越えた友人ができたりもするでしょう。自らの意思では変えられないと思い込んでいた「箱」が、時空を越えたり意識を変えることで、「変えることのできる箱」になるのです。

「箱の中の常識」を疑え

 それでも、自分の意思では出ることのできない「箱」も多く存在します。また、すべての「箱」を体験することなどできません。そこで重要になってくるのが、今をときめく「ダイバーシティ&インクルージョン」です。さまざまな「箱」の中で生きている人の話に耳を傾けたり、多様な人たちに自分のいる「箱」に入ってきてもらう。ただし、それぞれの違いを越えて最初からお互いによいと思うアイデアが共有できればそんな楽なことはないのでしょうが、現実はそんなに甘くはないでしょう。ここで大切になるのは、自分が納得できなかったり不快に思う事象や考えに遭遇した時に、自分の慣れ親しんだ「箱」の中の価値観で即断しないことです。自分の中の常識にそぐわないものは、最初は理解できない。実はそんな時こそ、その理由や背景を探ること、本質を考えることで、新たな気づきに出会う可能性があるからです。今回は抽象的な話に終始してしまいましたが、次回はそうしたハッとさせられた実体験や具体例について少しお話してみたいと思っています。

COLUMN

TEXT & EDIT: Takahiro Nishida

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