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COLUMN

⼀⼈称(主観)、斬新なコンセプトを⽣み出す視座

著者:長谷川 一英

2022.Oct.31

この記事では、⼀⼈称である⾃分の感情や気づき(主観)を第三者の視点に広げることで、共感を呼ぶ斬新なコンセプトを創ることについて考えます。 

iPS細胞由来の臓器移植が⾏われるようになった社会を想像する

臓器移植法が施⾏されてから、2022年10⽉16⽇で25年になりました。⽇本臓器移植ネットワークによると、臓器移植件数は年間300~400件 になっています。⼀⽅、移植を待っている⼈は約15,000⼈、わずか2~3%の⼈しか移植を受けられない状況です。特に腎臓の移植を待っている⼈は多く、平均待機期間は15年にもなります。 

そこで期待されているのがiPS細胞です。究極は、iPS細胞から臓器を作って移植をするというものです。現状、完全な臓器を作るのは難しく、細胞移植の⽅が先に⾏われると考えられています。まだ遠い将来のことかもしれませんが、iPS細胞から臓器が作られ移植されるようになったら、社会はどのように変化するでしょうか? 

2019年2⽉、恵⽐寿映像祭でアーティストの岡⽥裕⼦さんが、この未来社会を描いた作品《エンゲージド・ボディ》を発表しました。 

《エンゲージド・ボディ》岡⽥裕⼦

岡⽥さんは、⾃宅で健康保険証の裏に臓器提供に関する意思表⽰欄があることに気づき、他⼈の臓器を移植されるということはどういうことか想像しました。 

“死後、ドナーとして⾝体の⼀部を提供するということは、⾃分は死んでも他者の⾝体で⼀部は⽣き続けるということではないだろうか? そして、⾝体の⼀部を受容する側は、他者の⾝体により⽣かされている。⾚の他⼈とはいえ、これは「結婚」よりも「愛のある性⾏為」よりも極めて強⼒な⼈間の関係かもしれません。” 

そして、iPS細胞由来の臓器移植を⾃分が受けたときにどのように感じるかを思い描きました。 

“ドナーとレシピエントの間での記念として、再⽣した内臓の⼀部をスキャンしたものをジュエリーとして贈り物とするという⽂化が芽⽣えます。互いに名乗り合うことが許されない代わりに、婚約指輪のような、契りの証として の「エンゲージド・ボディ・ジュエリー」で互いの⾝体の関係を確かめ合うのです。” 

作品は、岡⽥さん⾃⾝の臓器を3Dスキャンしたデータからジュエリーを制作、伝統的な⾦箔技法で仕上げました。ジュエリーを贈り合う社会が到来し たらとても素敵なことですね。 

未来を分析して予測する 

先⽇、MBAでのアート思考の講義で、学⽣の皆さんに、岡⽥さんと同じように、iPS細胞由来の臓器移植が⾏われるようになったらどんな社会になるかを 想像してもらいました。「多くの⼈が移植を受けられるようになると、寿命が伸び⾼齢化がさらに進むのではないか」、「⽣き⽅や価値観が変わるのではないか」、「保険がいらなくなる」、「移植のためのメディカルツーリズムができる」など、多様な意⾒が出てきました。そのうちの7割ぐらいは、 客観的に分析して考え出したものでした。 

岡⽥さんは主観的に、移植を受けたとき、ジュエリーを贈って感謝の気持ちを表すことができたら素敵だと描いたのとは、ビジネスパーソンの思考は違 っていたと思います。 

主観(⼀⼈称)からはじめて、客観性をもたせる 

アーティストは、⾃分の興味、感情、信念など主観をもとに作品制作を始めることが多い。しかし、⾃分の話のままで終わってしまうと、多くの⼈から 共感を得ることは難しくなってしまいます。第三者の視点も⼊れていくことで、多くの⼈に響く作品になっていきます。岡⽥さんの場合は、ジュエリーという、⼤切な⼈への贈り物のエースを作品にすることで客観性を出しています。 

新しい事業を⽴ち上げるときにも、主観的な事象がきっかけとなって、客観性をもたせて事業に仕上げていくケースがけっこうあります。 

⾃分の体験から始めたAirbnb 

例えば、Airbnbもその⼀つ。Airbnbは、ブライアン・チェスキー、ジョー・ ゲビア、ネイサン・ブレハルチクの3⼈によって設⽴されました。 

ブライアンとジョーは、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインで出会い、卒業後の2007年、サンフランシスコでルームメイトをしていました。 サンフランシスコは、カンファレンスが開かれると関係者ですぐにホテルが いっぱいになってしまいます。⼆⼈は、インダストリアルデザイン会議が開催されたときにエアベッド&ブレックファストの初期コンセプトを作り出しました。3つのエアベッドを膨らませて、⾃家製の朝⾷を提供することで、 居間を⼩さなB&Bに変えたのです。 

マイケル、キャット、アモルの3⼈のゲストを迎えました。エアベッドの枕元にはおまけの袋が置いてあります。そこには、地下鉄のパス、サンフランシスコの地図、ホームレスの⼈たちに渡す⼩銭が⼊っていました。ブライアンとジョーはゲストをなじみのタコス屋からスタンフォード⼤学のデザインスクールまで様々なところに連れて⾏くなど、斬新な発想で彼らをもてなしました。ゲストは⾒知らぬ⼈として到着しましたが、友⼈として去っていったのです。 

この経験が筆⾆に尽くし難いものであったので、世界中の⼈たちにホストになってもらって同じ経験をしてほしいと、Airbnbを設⽴したのでした。ホストたちとミーティングをもち、どうしてこのビジネスをはじめたのか、何を成し遂げたいのかという⾃分達のストーリーを話すことを繰り返しました。これによって、ホストたちはAirbnbの熱狂的な⽀持者になったといいます。 

⼀⽅で、仕組みの改善を続け、web上に記載したホストのプロフィールを適切な⻑さに調整したり、家賃を市場の価格に合わせたりしてきました。客観的にビジネスをチューニングしたことで、市場に受け⼊れられたのです。 

まず主観的な直接経験がある 

⼀橋⼤学名誉教授の野中郁次郎さんも、⼈間の創造活動は、主観的な直接経験(アート)が出発点になると指摘しています。

“「いま・ここ・私だけ」の⽣き⽣きした⽇常の世界のなか、個別具体の⽂脈において、⽬の前の現実を意味づけながら⽣きている。その質感(クオリア)は、⾃分の直接体験による主観や思いによるものであり、「⼀⼈称」である。それはアートの世界だ。 

主観的な意味や価値を、「いつでも・どこでも・誰でも」が共有できる客観に転換するのが、サイエンスである。それは客観性という点で「三⼈称」だといえる。 

⼀⼈ひとりに蓄積される⾝体知であるアート(⼀⼈称)と、客観化され、普遍化された形式知であるサイエンス(三⼈称)の双⽅が、経営の世界にも必 要なのだ。その順番は、まず⼈間の主観的な直接経験ありきで、そのうえで のサイエンスであり、逆ではない。“ 

これまでみてきたように、アートにおいても、事業創造においても、⼀⼈称 (主観)で感じることから始めることが⼤切です。野中先⽣は、さらに「主観的時間」と「客観的時間」があると⾔います。「客観的時間」では「いま」は点、過去は消えて⾏き未来はまだやってきません。⼀⽅の「主観的時間」の「いま」は過去も未来も含む幅のある「いま」になります。 

“われを忘れて仕事に没頭しているときは時計の針が進むのが早いでしょう。 それこそが「主観的時間」です。⼼理学者ミハイ・チクセントミハイのいう 「フロー体験」や仏教の「無我の境地」がそれです。 

そして、イノベーションをはじめ、「創造的な物事」は、「主観的時間」でわれを忘れて没頭することからしか⽣まれません。“ 

私たちはつい、データを集めて分析する客観から着⼿してしまいがちです。 ⼀⼈称(主観)から始めるにはそれなりに覚悟がいることです。しかし思いもよらない沃野に出会うことができます。⼀歩踏み出す勇気をもって挑戦していきたいものです。 

最後に、寺⽥寅彦の句を紹介しましょう。 

“客観のコーヒー 主観の新酒哉”     寺⽥寅彦『渋柿』 

参考文献

  1. 1. 日本臓器移植ネットワーク
  2. 2. 岡田裕子
  3. 3. 岡田裕子『DOUBLE FUTURE─ エンゲージド・ボディ/俺の産んだ子』求龍堂
  4. 4. リー・ギャラガー『Airbnb Story』日経BP
  5. 5. Airbnbの誕生と成長|借金から3兆円企業への道
  6. 6. 野中 郁次郎、川田 英樹 、川田 弓子『野性の経営 極限のリーダーシップが未来を変える』KADOKAWA
  7. 7. 野中郁次郎、遠藤功 「まず失敗せよ」リーダーに必要な2つのこと 「いきなり成功を求める」から、人は育たない
  8. 8. 長谷川一英 「MBAで、アート思考によるイノベーション創出の講義を行います」

COLUMN

TEXT & EDIT: Kazuhide Hasegawa

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