創造的に推論することは、まだまだAIの苦手分野であるとされている。創造的推論は、書かれていない、明らかにされていない状態をもとにして、隠れた関係性とそこに潜む意味を読み解く力だ。
それを誰よりも得意とした人物といえば、シャーロック・ホームズだろう。コナン・ドイルが生み出したシャーロック・ホームズシリーズの最初の作品『緋色の研究』で有名な一節がある。
「わずか一滴の水から、理論家はたとえ実際に見聞きしたことがなくとも、大西洋やナイアガラの滝について推理できる」(コナン・ドイル『緋色の研究』駒月 雅子訳 角川文庫)
人間は、限られた情報からでも創造的に推論を働かせて、求める答えを導き出したり、想像もしなかったような事実に辿り着いたりすることができる。シャーロック・ホームズはまさにその力を最大限に発揮して、事件を創造的に解決していったわけだ。その創造性こそシャーロック・ホームズの魅力の核心で、彼がずっと愛され続けている理由の一つである。
一方、GPTをはじめとする言語生成AIは、限られた情報からの推論には長けていない。そもそも言語生成AIは「大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)」と呼ばれるもので、その名の通り「大規模な言語=大量の情報」があることを前提条件としている。AIの性能を向上させるためには大量のテキストデータを必要とし続けるのだ。
私は「だから言語生成AIは創造性がない」などと言うつもりはない。「AIの創造力」と「人間の創造力」の両方を上手に活用するために、それらの違いを再整理したいと考えているのだ。そして人間ならではの創造力を高めることで、これからの時代を生き残る自信を多くの人が持てるようにしたいと願っている。
アメリカの雑誌『ザ・ニューヨーカー』などでコラムを執筆してきたマリア・コニコヴァは『シャーロック・ホームズの思考術』の中で、シャーロック・ホームズに備わった能力を一般化してこのように述べている。
「私たちは観察することで、意味のないような事実から意味をくみとって推理することができるというわけである。新規のものや未知のもの、まだ検証されていないものを、想像したり仮説として取り上げたりする能力に欠けていたら、科学者とは呼べないのだ」(マリア・コニコヴァ『シャーロック・ホームズの思考術』日暮雅道訳 早川書房)
ここで取り上げられている「新規のものや未知のもの、まだ検証されていないものを、想像したり仮説として取り上げたりする能力」も、人間ならではの創造力の特徴と言えるだろう。彼女はそれを「科学者」の条件として述べているが、これからは「人類一般」に必要な能力になるのだろうと私は思う。この一節の逆を考えてみればよくわかる。
つまり、「既によくあるものやよく知られているもの、検証済みのものを、想像せずに定説を取り上げたりする」ことはまさにGPTをはじめとする言語生成AIの最も得意なことの一つなのだ。AIの得意なことはAIに任せておけばいい。
不確実性が高く未来の予測が困難な時代(VUCAの時代)と言われて既に久しい今、シャーロック・ホームズがそうしたように、「新規のものや未知のもの、まだ検証されていないものを、想像したり仮説として取り上げたりする能力」はますます重要度を増している。創造的推論はトランスクリエーションの重要な要素の一つなのである。
COLUMN
TEXT & EDIT : Yasuhiko Kozuka