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COLUMN

TRANSCREATION®talk_英国王立芸術大学院の入試問題

著者:小塚 泰彦

2024.Mar.10

 

トランスクリエーションの理解を深めていただくために、私が経験したある「入試問題」を共有したい。

2012年、私は広告会社に勤務しながら、ロンドンにある芸術系の大学院を受験した。英国王立芸術大学院と呼ばれるところで、出願したのは少し毛色の変わった学科だった。イノベーション・デザイン・エンジニアリング。その名の通り「イノベーション」を探求する場である。イノベーションを起こすためにはあらゆる意味での多様性が不可欠という方針で、芸術にまったく限らない、工学、物理学、生物学、農学、法学、経営学など多種多様な背景をもつ人たちが集まっていた。広告会社の一介のサラリーマンだった私が結果的に入学を許されたのも、その「多様性」という寛容さのおかげだったのだろう。

変わった学科だなと最初に私が思い知らされたのは、入試問題である。

「クリエイティブテスト」と称された時間があり、一人ずつ一室が与えられ、部屋には私しかいない状態だった。テーブルの上には、コピー用紙、厚めの画用紙、ペン、色鉛筆、セロテープ、ハサミ、のり、定規などがある。そして、問題用紙には、たった一問だけ書かれていた。

【男女のカップルを、ゾンビの群れが追いかけています。カップルは崖っぷちまで追い込まれました。ゾンビがどんどん近づいてきています。この状況でどうするか?次の選択肢から一つ選び、手元にある文具を使って、選択した内容を実装するものをプロトタイピング(試作)してください】 

与えられた選択肢は3つ。

1 Escape(逃げる)

2 Hide(隠れる)

3 Fight(戦う)

イノベーション・デザイン・エンジニアリング学科の代表的な卒業生には、画期的な掃除機や扇風機などの開発で有名なダイソン社を創業したジェームズ・ダイソンがいる。そんなことからも分かるように、この学科では、「画期的なプロダクト」をつくることが期待されていて、この試験問題ではその素地を見られている。制限時間は、60分だ。

 

あなたなら、どう答えるだろうか。しばらく考えを巡らせてみてほしい。

私は困った。もともと「エンジニア」ではないし、広告業界の「言葉」を専門にした文系人間である。ダイソンのような画期的なプロダクトを試作せよと言われても無理な話だ。選ぶ学科を間違えたか・・・・と、しかしその場で後悔するのも時間の無駄だ。できることはないだろうか?

何度も繰り返すが、学科名はイノベーション・デザイン・エンジニアリングである。私は考えた。そこで求められる「画期的なプロダクト」は、それがつくられる前に「画期的なアイデア」が不可欠なはずだ。私は学科名の「エンジニアリング」ではなく「イノベーション」という言葉が発する高揚感にこそ惹かれてこの席に着いたのではなかったか。そして、画期的(と思えるよう)なアイデアを、深い洞察とともに発想することなら、広告会社でそれなりに鍛えられてきたという自負もあった。そう思い直して、もう一度問題に目を通した。

すると、選択肢の中から回答を選ぶ前に、問題自体に気になることがあると、気がついたのだ。

ゾンビは、なぜ、カップルを追いかけているのだろう?

ゾンビがカップルを追いかけている→崖っぷちまできた→「逃げる」「隠れる」「戦う」から選ぶ・・・それでいいのだろうか。

この物語には、大事な何かが書かれていない。

それは、ゾンビがカップルを追いかけている「訳」だ。私は、ゾンビの気持ちも考えてあげろよと出題者につっこみを入れながら、ささやかな義侠心さえ生まれたのだ。これではゾンビがかわいそうだと。

ゾンビがカップルを追いかけているのは、「襲ってやろう」とか「捕まえて食ってやろう」ではない可能性がある。

 もし、「寂しいから構ってほしい」とか「辛い心の内を聞いてほしい」だったとしたら。

それでも人にはいつも「逃げられて」しまう・・・ほんとうは、仲良くしたいだけなのに。ゾンビがそう思っているのだとしたら、「逃げる」ことも、「隠れる」ことも、ましてや「戦う」ことなど、適切な解ではないだろう。

つまり、与えられた選択肢の中に、答えはない。

私は、そのように順を追って考えて、4つ目の選択肢を自分で勝手につくってしまった。

4 Go for a drink(飲みに行く)

である。私の答えは、ゾンビと一緒に飲みに行く。

もしゾンビが寂しい思いをして話を聞いてほしいと願っているのなら、一緒に飲みに連れて行ってあげて、肩に手を添え、「ハナシ聞くよ」と優しく伝え、じっくり横で耳を傾けてあげるべきなのだ。

そこまで考えて、あとはそれを文具を使って何らかのカタチとして試作しなければならない。広告業界でブランディングを仕事にしてきた私は、「ゾンビが気楽に話せるパブ」という飲み屋のブランドをつくることにした。60分間という限られた時間でのことなので、いかにも浅はかな考えをご容赦いただきたいのだが、パブでゾンビが飲みたくなるシグネチャー・ビールを「Zombeer(ゾンビール)」とネーミングし、そのロゴマーク、パブの内観と外観のデザインを画用紙に一気に描き出した。なんとか制限時間内に、提出物は完成した。

入試はそのクリエイティブテスト以外にも論文や面接や英語などがあるのだが、すべての試験が終わってから、学内にあるパブ(さすが英国の大学)でぬるいビールを買ってテラスに上がり、学校のすぐ隣に広がるハイド・パークを眺めながら気晴らしに飲んでいると学科長が私を見つけて微笑みながらやってきた。そして「別解をつくったのは君だけで、その君の解答が一番だった」と言葉をかけてくれたのだ。別解をつくったのは、奇をてらって目立とうとしたわけではない。自画自賛になってしまって恐縮だが、評価されたのは、問題に書かれていない文脈を読み込んで、そこから出題者側の期待を超える論理を組み立てたというところだ。学科長もそのところを褒めてくれた。

ロンドンらしい曇天の下、学科長と「ゾンビール」で乾杯したことは言うまでもない。

COLUMN

TEXT & EDIT : Yasuhiko Kozuka

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