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COLUMN

Apple TV+の「テッド・ラッソ」で暑い夏を乗り切ろう!

著者:西田 孝広

2022.Jul.30

コロナ禍の中、全米が熱狂した「テッド・ラッソ」

「テッド·ラッソ」は、Apple TV+で配信中の人気ドラマ·シリーズの主人公です。邦題は、『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』、原題はそのまま”Ted Lasso”。米国ならこの名前を聞いてピンと来ない人はよほど浮世離れしていると思って間違いないでしょう。しかし、日本での知名度はいまだ驚くほど低いようです。そこで、今回はあえて、2020年8月の世界同時配信開始からすでに2年近くが経過しているこのドラマ·シリーズを紹介したいと思います。昨年7月にはシーズン2がリリースされこちらも大好評、続いて今年3月にシーズン3の撮影が開始され、この夏の終わりから秋頃の公開が噂されています。それに間に合うよう、まずはシーズン2まで制覇しておきましょう! 

本稿をきっかけに同シリーズにハマってこの夏を幸せに過ごす人が一人でも増えれば当初の目的は達成されるので、真面目な話、すでにApple TV+を契約中なら、後はすっ飛ばして早速こちらに飛んでいただいて構いません。U-NextやNetflixなどの人気配信プラットフォームでは見ることができず、Apple TV+ Appのみでの限定配信というのが、日本で知名度や人気が上がりきらない決定的な理由だと思いますが、本シリーズを見るためだけにApple TV+を1ヶ月契約しても損はないでしょう。米国では、エミー賞20部門にノミネートされ、作品賞、主演男優賞を含む7部門を受賞。SNS上には同番組を「コロナ禍中に起きた最も素晴らしい出来事」と評するなど最大級の賛辞が並び、その熱狂ぶりは、「米国人は、『テッド·ラッソ』でコロナ禍を乗り切った!」と言っても過言ではないほどでした。

スポーツ嫌いでも、アメリカン・ジョークがツボでなくとも

大学アメフト二部リーグの監督が、サッカーの知識もおぼつかないまま突然米国から呼び寄せられて英国プレミアリーグで指揮を取るという設定が、サッカーやスポーツに興味のない人、そして真摯なフットボール·ファンを躊躇させるのは仕方のないことでしょう。最近の若者たちの中には、邦題の「破天荒」という「常識破りの」というほどの意味の表現を字面のイメージから「荒くれ者」といった意味に取って、「暴力的な強面スパルタコーチ」の話かと誤解して敬遠する人もいるそうです(そして、「何だ。テッドさん、めちゃくちゃやさしい人じゃないか!」と驚くのだとか)。

しかし、そんな心配はご無用。フットボール·チームはあくまで舞台設定であり、そこで展開されるのは、悲喜交々のヒューマンドラマ。主人公のテッドはもちろん、登場人物それぞれが個性豊かで魅力に溢れ、それでいて孤独や課題を抱える普通の人々として描かれているので、共感せずにはいられません。スポーツやフットボールの好き嫌いに関係なく楽しめる「フィールグッド」で「ハートウォーミング」な極上のエンターテイメントに仕上がっています。1エピソード30分でテンポよく進み、シーズン1は10話、シーズン2と3は12話で完結するので気軽に視聴でき、エピソードごとの個性が際立つ上に、シーズン、シリーズを通じての伏線回収や意表をつく新展開も納得の素晴らしさです。

テッドのあまりの天真爛漫ぶりや時に荒唐無稽過ぎるストーリーに、パッと見、「ついて行けない」と感じる人もいるでしょう。特に、エピソード1は、状況設定がメインで、英国事情に疎い米国人ネタが中心なので、日本人には笑えないジョークも多いかもしれませんが、回を追うごとに登場人物たちへの感情移入も深まるので、いつしかハマってしまうこと請け合いです。コメディーでありながら、時折絶妙のタイミングで放たれる洞察に満ちた台詞ややさしさ溢れる展開に胸打たれることもしばしば。

試合のシーンは意外なほど少ないのですが、実は、実在の名スポーツ·コーチたちが、何人も「コーチングを学びたいなら『テッド·ラッソ』を見ろ」と真顔で語っています。スポーツと人生は分かち難く結びついていて、コーチの役割は選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できるよう(プライベートも含め)一人一人の選手に人間として向き合うこと、人間としての成長がスポーツ選手としての成長にもつながるというのが「現代的なコーチング」哲学の主流となっているのです。

より深く、より楽しく

Apple TV+には、多言語で吹き替えや字幕が用意されています。できれば英語のオリジナル音声を聞いて役者さんたちの声や雰囲気を感じながら日本語字幕で見てほしいところです。英語学習者なら、英語字幕を読むのももちろんありですが、米語·英語が混在する中、スラングや凝った言い回しが矢継ぎ早に登場し、過去作品へのオマージュなど内容も濃いので、かなり難易度は高いと言えます。逆に言えば、すごい密度で文化的、社会的レファレンスが詰まっているので、米国·英国文化や社会への興味や知識があればあるほどより深く楽しめる作品でもあります。

エピソード1の出だしから文化的な引用や参照を数例挙げてみましょう。冒頭でいきなり「未来はない」と暗示的に歌うセックス·ピストルズの「ゴッド·セイブ·ザ·クイーン」が鳴り響きます。オフィスの壁にかかるのは、英国を代表する画家デビッド·ホックニーの作品。新たにクラブを引き継いだオーナーのレベッカが、いけ好かない女性蔑視の前監督と対峙するシーンでは、短パンから片方ずつはみ出てしまう睾丸に、「名前をつけたの。『リアム』と『ノエル』。『オアシス』にはほど遠いけど」と、有名バンドで共に一世を風靡しながらも喧嘩別れしたギャラガー兄弟を引き合いに出して揶揄します(以下、日本語訳は、字数制限の厳しい字幕ではなく、吹き替え版を参照)。そして、フットボールを知らないラッソ監督の就任に業を煮やす英国人たちが彼につけた呼び名は “wanker”。英連邦では、一般的な蔑称として使われる言葉ではありますが、元々「自慰する人」を指す卑語です(ちなみに、日本語訳は「ヘタレ」)。ドラマ全体の超ポジティブ·トーンとは裏腹に、元々上品とは言えないフットボールの世界が舞台だという事もあり、下品な言葉も遠慮なく出てきます。

一方、テッドが英国へと向かう機内で読んでいる本は、ビートニクを代表する作家の一人ジャック·ケルアックの『禅ヒッピーたち(The Dharma Bums)』。渡英前にテッドが率いて、NCAA二部リーグ優勝に導いたアメフト·チームは、テッド役のジェイソン·サダイキス自身の住むカンザス州に実在するウィチタ州立大学。それが、ロンドン到着直後にタワーブリッジを眺めながらテッドが発する「どうやらここはカンザスじゃないみたいだ」という言葉に文字通りつながるのですが、その後すぐ彼が、「ドロシーの気持ちが初めてわかった気がする」と続けるように、英語で”not in Kansas anymore”というと、『オズの魔法使い』に由来する「心地よいいつもの場所にはもういない」ことを表す比喩表現です。ハードロック·バンド、レインボーのファンなら、ライブのオープニングでこの台詞を含む『オズの魔法使い』からの一節が流れていたのを思い出すかもしれません。「わたしたち、虹の彼方にいるに違いない(We must be over the rainbow)」と続くあの一節です。

運転手が、「あれが、タワーブリッジ」と説明すると、テッドは、「だな。ロンドン橋なら落ちてるはずだ」と返します。もちろん日本でも有名な「ロンドン橋落ちた」という英国童謡にかけたものです。人によっては、ファーギーの歌うセクシーな「ロンドン·ブリッジ」を思い浮かべるかもしれません。実際には、コンクリートで新築され、1973年に開通したロンドン橋が現存していますが、その地味な外観のため、壮観なタワーブリッジの方をロンドン橋だと誤解する観光客が後を絶たず、間違ってネットに写真をアップする人も多いため、Googleで「ロンドン橋」を検索すると上位に「タワーブリッジ」の画像が出てきてしまうという現象が今も続いています。ちょっとした背景知識で、何気ないシーンや台詞もさらに興味深くなるという一例でした。

最後に

最後に念のため申し添えておくと、私は30年来のAppleユーザーではありますが、Appleの回し者ではありません。陸上競技の選手やコーチの海外遠征サポートの仕事の下調べをする中で本作と出会い、今はシーズン3の配信開始を楽しみに待つ一ファンです。

COLUMN

TEXT & EDIT: Takahiro Nishida

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