このコラムの共通のテーマであるTranscreationとは、「これまで価値がないと思われてきたものや価値を見出すのが困難なものなど、それらの意味を再解釈して新しい命を吹き込む力」と定義されています。
今回は、既存のマテリアルに新たな意味を見出した事例を紹介し、どのようにすれば新しい意味を見出すことができるかを考えます。
ガラスを記憶を刻むマテリアルに
最初に紹介するのは、2022年5月13日~15日に恵比寿で行われたMEET YOUR ART FESTIVAL 2022で展示された佐々木類さんの『植物の記憶– Subtle Intimacy-』です。
240 cm 四方のガラスでできたキューブが暗闇に浮かび上がっています。小さなガラスが組み合わされ、一つ一つのガラスには植物標本が入っているかのよう。黒い床に映り込んで無限の広がりを感じます。この作品、ガラスを彫っているのではありません。板ガラスで植物を挟み、電気炉で焼成しています。植物は灰になってしまいますが、ガラスには、普通は顕微鏡で見ないとわからないような細かい葉脈が映っています。さらに植物が吸収していた水やミネラルが気泡として残ります。生きている植物をカメラで写したとしても見えないものが姿を現すのです。
『星の王子さま』の「大切なものは目に見えない」を作品制作の際の信条としている佐々木さんだからこそ見出すことのできた表現。それにしても、植物をガラスに挟んで焼いてしまうという発想はどこから出てきたのか不思議です。
佐々木さんはアメリカで長年活動していて、日本に帰国したときリバースカルチャーショックになり、日本人ではない感じがしたそうです。その時、植物採集を思いつき、五感を使って植物と接することで自分を取り戻しました。このような経験から、ガラスに挟む植物は、花屋さんできれいな花を買ってくるのではなく、作品を制作する土地に生えている雑草を自分で採集しています。植物は環境のことを内包しているカクテルのようなものであり、この作品は、ガラスにその土地の記憶が刻んでいるのです。
ガラスは、通常窓にしても容器にしても、透明で向こう側が見えるながらも空間を分けるというのが主な機能です。ところが、この作品は、ガラスというマテリアルに記憶を刻むという新しい意味を提示しています。作品はとても繊細で美しいのですが、それだけでなく新しい意味を見出しているところが素敵です。
コーヒーかすを小麦粉として使う
持続可能な社会の実現への意識の高まりから、「アップサイクル」という取り組みが行われています。これは、廃棄物や不用品に新しい意味を付加して、元の製品よりも価値の高いものを生み出す活動です。
アップサイクルとしていろいろな事例が報告されているものの一つにコーヒーかすがあります。コーヒーは、生産から消費までの過程で排出される廃棄物が年間2,300万トン、ほとんどが埋め立て地に捨てられ、メタンガスを発生しています。そのため、いろいろなアップサイクルが行われています。コーヒーかすでマグカップを作ったり、スニーカーの素材として使ったりといったことが行われています。
他の取り組みに比べて、かなり飛躍していて、イノベーションと言ってもいいことにチャレンジしているのが、デンマークのバイオテックスタートアップ「Kaffe Bueno」です。コーヒーの専門家である3人のコロンビア人によって設立されました。
私も毎日朝と昼にコーヒーを淹れていますが、なんと栄養成分の1%程度しか抽出されないそうです。Kaffe Buenoは、捨てられている99%の栄養成分に着目し、食品としての再利用に取り組んでいます。
コーヒーかすから油脂成分を抽出する方法を開発、この油脂成分には、ポリフェノール、トコフェロール、必須脂肪酸などが高度に含まれていて、フレーバーや化粧品として製品化しています。
一方、抽出した残りは、カフェインレスで、タンパク質と食物繊維が豊富な物質になります。これを小麦粉と同じ大きさの粒子に粉砕しました。パンやピザ、パスタなどを作ることができ、小麦粉に代わる新たな食材として利用できるのです。Kaffe Bueno社のWebサイトには、レシピも掲載されています。
コーヒーを小麦粉として使うというのは、まさにマテリアルに新しい意味を付加しています。まだ生産量は少ないようですが、世界中で毎日発生するコーヒーかすの有効活用として、生産量を拡大し、普及させてほしいものです。
新たな意味を見出すための3つのポイント
先日、新たな意味を発見することに関して、ある人から、「新たな意味を見出すことって、やろうと思ってもなかなかできないことではないか」と問いかけられました。たしかに、目の前にあるマテリアルの新たな意味を探そうとすると、あまり意味は変わらず、ちょっと用途が違うとか、形態が違うというアイデアになりがちです。
どうすれば新しい意味の創出ができるのか、紹介した事例で考えてみましょう。
まず効率化から一歩ひいて、立ち止まったり横道にそれたりして、自分自身や自分の活動を、いつもとは違う視座から見直すことが重要だと思います。
佐々木類さんは、アメリカから帰国したときに、植物採集をして五感で感じ取り自分を取り戻したことで、ガラスの新しい意味を見出しました。
Kaffe Buenoは2016年の設立当初、コペンハーゲンで、コロンビア産の有機栽培コーヒー豆を販売していました。ところが、コーヒーは廃棄物が山のように出るだけでなく、栄養成分のほとんどが使われずに捨てられてしまうという現実に、一旦立ち止まり、デンマーク技術研究所と抽出技術の開発に着手したのです。
2020年に、企業のプロジェクトに参加してくれた、アーティストの久門剛史さんは、企業の人たちがあまりに忙しくしている様子を見て次のようにコメントしました。
「忙しくしていると新しいアイデアは出てきません。アーティストはあえて極端な⾮効率性を求め、その無駄の細部に真実を⾒出そうとする場合があります。」
二つ目は、注目しているマテリアルにどれだけ近づくことができるかということです。
佐々木類さんは、長年ガラスを使った作品を創っていて、このマテリアルについては熟知しています。『植物の記憶– Subtle Intimacy-』を制作するにあたっては、植物によって吸収している水分などが違うので、焼成温度や時間をひとつひとう調整しています。
「草の種類によってうまく灰になり、泡を生む温度が違う。私がするのはいい泡を出してもらうこと」と語っています。
コーヒーかすを使った製品はいろいろ提案されています。その多くは、多孔質の粒子という形態に着目して材料として使っています。マグカップのどがこれにあたります。一方、Kaffe Buenoのチャレンジは、コーヒーかすの成分を分析して、原料として使っているところがユニークです。そして、脂成分の抽出方法などを研究し、オリジナルな製品の開発に成功しました。誰よりもマテリアルに近づいて思考しています。
そして三つ目は、新しい意味を見出す挑戦に思いを込めるということです。
Kaffe Buenoの創業者たちは、もともとコロンビアのコーヒー豆の販売をしていました。その経験から、コーヒーかすにも価値をつけ、コーヒーのポテンシャルを拡大させることで、豆を生産している人たちに還元したいという思いを持っているのです。
松岡正剛さんは、『好奇心とイノベーション』の中で、世界観という言葉を使って次のように語っています。
「ニュースタンダードがどこから生まれるかというと、最初は既存のスタンダードの隙間やウイークポイントを埋めるような、新しい発見から変化が始まるのでしょう。でもスタンダードになるには、おそらくそれだけではダメで、世界観を先に持ったほうがいい。気持ちいいとか、欲望とか、情動とか、そういったものに基づく世界観です。」
サステナブルな社会が求められている中、全く新しいマテリアルを開発するよりも、既存のマテリアルに新しい意味を見出すことがより一層重要になってくることでしょう。多くの人が挑戦できる環境を整えていきたいものです。
「人間は脳によって何か意味を見出したいという特性を持っています。昔はそれよりも必要に迫られることが多かったので、あまりフォーカスがあたらなかったけど、これからの時代は意味を見出すことにフォーカスがあたる。何か自分を超越した自然だったり時間だったり、アーティストが意味を見出したものだったりを、人々はより求め出すと思うんです。」
(猪子寿久「脳を拡張するものに、人間の興味はシフトする」『好奇心とイノベーション』)
参考文献
- 1. 自然の呼吸 閉じ込める 「富山ガラス大賞展2021」で大賞 金沢市の佐々木類さん 中日新聞 2021年8月14日
- 2. アート思考入門(13)アーティストが企画に介入(戦略フォーサイト)
- 3. 坂井直樹『好奇心とイノベーション 常識を飛び越える人の考え方』宣伝会議
COLUMN
TEXT & EDIT: Kazuhide Hasegawa