INTERVIEW

2021.Jul.12

YURI
MATSUNAGA

松永 有理

三井化学 ESG推進室
「そざいの魅力ラボ(MOLp)」発起人

人と人をつなぐためのケミストリー

素材は「人の創造力をかき立てるもの」でありたいとぼくらは思っている。ぼくらがやってるのって、「つぶつぶ」と「液体」と「ガス」だから、これってただ見るだけじゃ何もわかんないわけですよね。

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PROFILE

2002年神戸大学経営学部卒業後、三井化学に入社し、営業やマーケティング、広報、コーポレートコミュニケーション担当を経て2021年4月より現職。2015年より組織横断的オープンラボラトリー「そざいの魅力ラボ(MOLp)」を設立。BtoB企業における新しいブランディング・PRのかたちを実践している。

「化学」と「翻訳」はどこか似ている。数年前「そざいの魅力ラボ(MOLp)」を初めて知った時、新しいアルケミストであり新しいトランスクリエーターがまた一人この世界に誕生したと思った。三井化学の松永さんは「そざい(素材)」を触媒にして、テクノロジー、デザイン、ビジネスなどあらゆる領域を混ざり合わせて化学反応を起こそうとし続けている異能の人だ。私たちは「そざいの魅力ラボ(MOLp)」の魅力をここでお伝したい。その想いに駆られたインタビューです。

Interview by Yasuhiko Kozuka
Text by Yuto Miyamoto
Photographs by Keisuke Nishijima

素材をブランド化するラボラトリー

──「そざいの魅力ラボ(MOLp)」を始めたきっかけからお聞きできればと思います。素材の魅力を「翻訳」して伝えなきゃと思い始めたきっかけや、そこに対する想いは何だったのでしょう?

インターナルな理由とエクスターナルな理由があるんですけど、インターナルな部分で言えば、三井化学という素材メーカーにはやりたいことがあって入ってきた人が多いのですが、それができないと悶々としている人が多かったんですね。それは何かもったいなと思っていて、もっと自由に、やりたいことができるような場をつくる必要があるんじゃないかと思っていたんです。当時50人くらいの研究者にヒアリングをしたのですが、みんな口を揃えて「会社ではやりたいことはできない」と言う。だから、まずは小さなことからでも自由にやりたいことができる場所をつくって、そこから会社の文化そのものを変えていくような取り組みができたらと思ったのがひとつです。

もうひとつはエクスターナルな部分のブランディングとかマーケティングの話になってくるんですけど、従来までは新しい素材が開発されてもマーケットを見つけられずお蔵入りになってしまうケースが多かったんです。それってすごくもったいないと。「これ!」と思って開発した素材ではあるのですが、当社の素材の歴史を紐解くと、ほとんどが当初思い描いた用途とは異なる世界で花開いているわけです。そうした意味でも、素材のマーケティングのアプローチは顧客ニーズを前提としながら、自分たちの想定する範囲でのpushだけではなく、想定していない世界からのpullも重要だろうと感じていて、それっていまのブランディングやマーケティングのやり方としてどうなんだろう、という想いをずっと持っていたんです。

三井化学は100年以上の歴史ある会社ですが、ぼくが広報に来るまで採用事例のリリースはほとんど出していなかった。なぜかといえば、クライアントにとって素材とは製品の肝になるものなので、そこに使っているものは公開しないでくれ、というのがこれまでの基本的な日本企業のスタンスだったからです。欧州だと、素材とアプリケーションの情報公開はコラボレーションのかたちでたくさん発信されています。バリューチェーン全体で何かを成し遂げていく ── そうした姿を伝えていくことは、これからの共創の時代に重要なアプローチだと思っていました。それだったら、自分たちで余白を残したかたちで素材の応用事例をつくって、コミュニケーションをつくっていくことから始めてみよう。そうした背景や問題意識からMOLpはスタートしています。

── MOLpを始める前と後で、参加する研究者たちの意識が変わったことはありましたか?

それは結構ありますね。MOLpのなかでは、研究者の方々のふとした発言や思ったことに対して、「おもしろそう!」とか「いいじゃん!」とリアクションが生まれて盛り上がることが多い。そうやって自分のアイデアが受け入れられる経験が重なってくると、acknowledgementとして小さな自信になっていきます。そうなると、自分の部署に戻ったときにも積極的に意見を言うようになって、それによって部署のなかで重要な仕事を任されるようになった人たちも増えています。その部署の上司の方から「ありがとうな」と感謝を伝えられることもあり、それはとても嬉しいことです。

INTERVIEW:人と人をつなぐためのケミストリー / 松永有理|YURI MATSUNAGA
MOLpに参加する研究者たちは、普段の業務とは別に部活動のようなかたちでプロジェクトを行っている。廃材を使って障害者の方にデザインをしてもらったカードケースから紫外線を当てることで模様が浮かび上がるオブジェクトまで、素材にまつわるさまざまなプロダクトをつくっている。

── そうやってMOLpのなかでディスカッションをするときに、そもそもラボとして「世の中にこんなものがあったらいいのにな」というアイデアは、どういう発想のプロセスで生まれることが多いのでしょうか?

MOLpという活動はほとんど雑談の場で、アイデアの多くはその雑談のなかから出てくるんですよ。ただみんなでだべってるだけ、みたいな時間を月に1回、半日ぐらいかけてやっているんですけど、そこで並走して頂いているクリエイティブパートナーのMTDO(エムテド)の田子(學)さんからデザイナー視点での新しい情報をインプットしてもらったり、そのインプットに対してディスカッションをしたり。あるいは最近こんな素材のニュースがあったんだよ、という話からアイデアを広げていったりします。

だから実は、ラボといっても井戸端会議をしているだけなんですけど、そうやって話しながら具体的なアイデアが溜まってきたところで、一度抽象化して概念化し、再度どういうかたちにできるか具体化を考え始める。だからメンバーには、MOLpで経験できるのはデザインシンキングっぽいプロセスとそれを実践するためのプロジェクトマネジメント、そしてコミュニケーションの3つのスキルだと伝えています。

人の創造力をかき立てる素材

── ラボとしてできた製品を人に伝えるときに、松永さんはその魅力を「翻訳」するためにどんなことを心がけていますか?

そこは結構難しくて、ぼくらがやっているような化学や素材のことなんて、一般の人にはわかりにくいじゃないですか。それをいかにわかりやすく伝えるか、翻訳するかにおいては、「完成品じゃないもの」をつくることが大事だと思っていて。つまり、プロダクトとして完成度の高いものをつくってしまうと、コミュニケーションをする余地がなくなって、「あ、いいね」で終わってしまうんですよ。

そうじゃなくて、もうちょっと素材自体の特徴を活かした形状にしたり、表現の仕方も素材の機能を前面に出してそこで留めるようにしたり。そこからもう一歩進んでプロダクトデザインの話になるとそれはぼくらの仕事じゃなくなってしまうので、「どこまで言って、どこまでを言わないか」というラインをいつも意識しています。

── これまでつくられたもののなかで、そのちょうどいいバランスを探った事例があればぜひ教えてください。

あいちトリエンナーレでエキソニモさん、MagnaRectaさんと一緒にやった作品に、ポリプロピレンという素材を使ってFDMの3Dプリンターでつくった3.3メートルのオブジェクト「The Kiss」があります。ポリプロピレンは汎用プラスチックのなかで最も軽量かつ、最も応用性が広い材料ですが、それを使って3Dプリンタで大型造形をつくることはいままで難しかったんですね。ポリプロピレンは冷えたときの収縮も大きめで、固化するスピードが速いので、射出成型のような成型方法には向いているのですが、積層方式でつくる3Dプリンターには使いにくかったんです。それを素材開発することで大型の3Dプリンターでも使えるポリプロピレンに改良し、超大型造形物をつくれたというのは、かなり印象的な作品でした。

INTERVIEW:人と人をつなぐためのケミストリー / 松永有理|YURI MATSUNAGA
あいちトリエンナーレ2019の展示風景 エキソニモ 《The Kiss》2019 Photo: Tetsuo Ito

これは愛知県美術館の入口に飾ってもらったんだけど、名古屋といえば自動車。超大型の3Dプリンターをやることの理由は、車のボデーなどを自由に3Dプリンターでデザインしてつくれるような時代が来るよね、そのときにぼくたちも仲間に入れてねってことを説明したいと思ったからですが、これをそのまま車のボデーで見せたらやりすぎなんですよね。

── 見る人にとっても素材の用途のイメージが固まってしまうと。

そう、「こういうのができちゃうんだ」っていうのをそのまま見せてしまったらよろしくなくて、これくらい抽象的な形で見せるのが重要なポイントかなと思っています。なぜならぼくたちの活動は、コミュニケーションを生み出すことが目的なので。これによって、ポリプロピレンも3Dプリンターで使えることを知った人が、「自分だったらどう応用できるかな」って考えるじゃないですか。そうやっていかに見た人の想像力・創造力をかき立てるかがポイントで、体感してもらう、少し考えて気づいてもらうというところを大事にしていますね。

── 完成品をつくり切らないほうがいいというのは、最初からそう思ってたのか、それともこの活動をしながら気づいたのかといったら、どちらだったんでしょう。

先ほども話したように採用事例のリリースは出しにくいので、事例っぽいのはよろしくないという考えがまずありました。もうひとつは、やっぱり素材って何なのかを考えたときに、素材は「人の創造力をかき立てるもの」でありたいとぼくらは思っている。ぼくらがやってるのって、「つぶつぶ」と「液体」と「ガス」だから、これってただ見るだけじゃ何もわかんないわけですよね。でも、身の回りのあらゆるものは素材でできていて、それはやっぱり人の創造力が組み合わさったことによって生まれているわけじゃないですか。

人類が大きく進歩するときには、必ず「素材と加工技術と人の創造力」の3つが揃ったときだと思うんですよね。大昔で言えば、石や木を鍬とか鋤として加工することで農業ができるようになった。ガラスはメソポタミア文明の繁栄につながっているし、紙が生まれたことで知の解放が実現されてきたわけです。そして近代になってからは、プラスチックが誕生したことでいまの豊かさが生まれているとも言えます。

そう考えたときに、三井化学という会社に圧倒的に足りないと感じていたのは創造力だから、クリエイティブな人たちと一緒に、その人たちの想像力・創造力を借りながら、世に対して発信をしていきたい。クリエイターと一緒に素材を扱っていくことで広がっていく可能性に、MOLpの活動をやりながら気づいてきたという感じですね。

色が変わる洋服「CLEAR」は、ファッションブランドのアンリアレイジと協働することで生まれた。アンリアレイジがパリコレクションに出品する際にMOLpはマテリアルアドバイザーとして参加。素材のコンサルティングをしながらファッションの新しい表現の実現に貢献した。

── ウェブサイトを見ると、すべてプロジェクトページでクリエイティブパートナーが紹介されていて、こうしたコラボレーションがいまお話いただいたような効果を生み出しているんだなと思いました。一方で、クリエイティブの人とサイエンスの人って、おそらくは使う言語が違うと思うんです。三井化学の研究者と外部から来られたクリエイターが協働するときに、松永さんが間に入ってどんなふうにコミュニケーションを促しているのかをお伺いしたいです。

正直なところぼくも技術者じゃないから、やっぱり技術の本質的なところはよくわからないんです。そこは一般の人と同じ目線なわけですが、会社のなかにいる分だけ、多少は外の人よりもわかる部分があるので、ストーリーを伝えたり、実際にモノを見せたりしながらその間をつないでいくということをやっていますね。先ほども言ったようにぼくらの販売してるものって「つぶつぶ」と「液体」と「ガス」ですから、これを誰かにコミュニケーションするためには工夫しないとわかってもらえない、というのは実感しています。

その一環として2016年に発表したのは、すべての素材をオノマトペでキュレーションし直すということ。「ぷよぷよ」「ぶにぶに」「かちかち」「つるつる」といった30種類のオノマトペを素材に割り当て、そこに物性値をひも付けるんです。だから、「もうちょっと『ぷよぷよ』感が欲しい」と言ったら、物性上何を操作すればそこにたどり着くかがわかるようになっている。オノマトペって海外の人でも感覚的にわかってくれたりするものだから、あらゆる人に伝わるスタンダードとして使えるおもしろい言葉だと思いますね。

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YURI MATSUNAGA

松永 有理

三井化学 ESG推進室
「そざいの魅力ラボ(MOLp)」発起人

2002年神戸大学経営学部卒業後、三井化学に入社し、営業やマーケティング、広報、コーポレートコミュニケーション担当を経て2021年4月より現職。2015年より組織横断的オープンラボラトリー「そざいの魅力ラボ(MOLp)」を設立。BtoB企業における新しいブランディング・PRのかたちを実践している。

Interview by Yasuhiko Kozuka
Text by Yuto Miyamoto
Photographs by Keisuke Nishijima