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PROFILE
「化学」と「翻訳」はどこか似ている。数年前「そざいの魅力ラボ(MOLp)」を初めて知った時、新しいアルケミストであり新しいトランスクリエーターがまた一人この世界に誕生したと思った。三井化学の松永さんは「そざい(素材)」を触媒にして、テクノロジー、デザイン、ビジネスなどあらゆる領域を混ざり合わせて化学反応を起こそうとし続けている異能の人だ。私たちは「そざいの魅力ラボ(MOLp)」の魅力をここでお伝したい。その想いに駆られたインタビューです。
Interview by Yasuhiko Kozuka
Text by Yuto Miyamoto
Photographs by Keisuke Nishijima
社会課題とストーリーが重なり合うところ
── MOLpのプロジェクトを見ると、ファッションなどのクリエイティブを前面に押し出したもののほかに、社会課題に取り組むものがひとつの軸としてあるように思います。こうしたプロジェクトはどういうところから着想を得るのでしょうか?
そこはみんなの原体験だったり、社会的な問題意識から考えることが多いですね。例えば、「FASTAID」は水と栄養成分を別々に保存して、ぎゅっと握ることで2つを混ぜて飲むことができるパッケージですが、これは「イージーピール」と呼ばれる、ヨーグルトの蓋みたいにちゃんと密閉されているけど簡単に開けられるシールの技術を使っているんですね。水と栄養だけでなく、次亜塩素酸ナトリウム水と圧縮されたおしぼりを入れることで、除菌用のおしぼりを簡単につくれるようなパッケージもつくっています。
これはTBWA\HAKUHODOの佐藤カズーさんと一緒にディスカッションをしているときに生まれたアイデアでした。佐藤さんにいろんな材料を紹介して、こうした素材をどうやって活かしていけるかを話していたときに、「災害時や難民キャンプで十分な栄養をとることが難しい」という課題に対して何かできないかという共通のアイデアが生まれていきました。完成してからは国連関係者や国境なき医師団などのNPOが興味をもってくれて、イスタンブールで行われた国連世界人道サミットで紹介してもらえたりと、広がっていったのがおもしろかったですね。
個人の原体験から生まれたプロジェクトには、「NAGORI」という海水からつくったプラスチックがあります。これは海水から真水をつくる過程で生まれる濃縮水を活用できないかというアイデアが含まれていますが、この濃縮水がそのまま廃棄されることで海のミネラルバランスが崩れたり海水温が上昇したりして、珊瑚の死滅などにつながってしまうことが問題視されていたんですね。その本来捨てられるはずの濃縮水を使って新しい素材を生み出すことができたらとってもサステイナブルだよねということで、実験を重ねて生まれたのがこの陶器のような触り心地のプラスチックでした。
とはいえ、これはひとりの触媒研究者の問題意識から生まれたもので、その方は小さなお子さんがいるのですが、「子どもにプラスチックの食器で食べさせてるけど、なんだか味気ないんだよね」と、みんなの前でぼそっと言ったんですよ。じゃあどういう食器で食べさせたいの?と聞くと、やっぱり子どもでも陶器がいいかなって。そこから陶器のような質感でも割れないプラスチックをつくろう、というアイデアに発展していった。そのときの原料として海水の濃縮水が使えるんじゃないかということで、いろんなストーリーががーっとくっついていくことになったんです。
── どれもすごいポエティック(詩的)ですよね。初めからポエティックなものをつくろうと考えていたわけじゃないと思いますけど、化学と社会課題と個人のストーリーが重なり合うところにポエジーが生まれている。松永さんは、一見するとバラバラなプロジェクトに共通する「MOLpらしさ」はどんなところだとお考えですか?
そうですね、なかなか言語化するのは難しいけれど、どれもこう、出来が悪いものなんですよ。それがMOLpらしさかなと。手づくり感が残っていたり、ボロさや脆さがあったり。そういう「不完全さ」を楽しんでもらえるほうがいいのかなと思いますね。世の中にはちゃんとしたものづくりをしているプロがたくさんいるので、ぼくらがそこを追求してもしょうがない。だから、あえて完璧なものにしすぎないというところは意識しています。
── MOLpとして、あるいは松永さん個人として、今後チャレンジしていきたいことはなんでしょうか? 「素材と技術と創造力」の掛け合わせで文化や文明が発展してきたとお話されていましたが、松永さんが考える次の素材のパラダイムシフトや次の素材の可能性についてお聞きできたらと思います。
ぼくが素材に興味をもった原体験は高校1年生のときに経験した阪神大震災で、友だちと一緒に1週間ほど神戸までボランティアに行ったんです。そこで自衛隊のテントに寝させてもらったんだけど、1月で寒い寒いって言っていたら、友達が「これ、くるまったら暖かいで」と新聞紙を持ってきてくれたの。ただの新聞紙だけどすごく暖かくなって、「素材ってすげえ」と思って。本当は素材じゃなくて空気がすごいんだけど(笑)。それから大学では探検部に入って、山や川や洞窟に行ってたんだけど、そうしたぎりぎりの環境では素材にめっちゃ助けられるんです。そんな原体験があって、素材ってあらゆるものの大元だし、クリエイティビティがあれば何でもつくれる広がりがあると思って、素材に興味をもつようになったんです。
大学時代は環境経営学を専攻していたので、「民間企業の力を使っていかに世の中を変えていけるか」というところに興味を持つようになり、無知だったのでいちばん環境に悪そうな業界に行こうと思ったんです。そのなかでも環境意識の高い会社に入れば、根源の部分から変えていけるチャンスもあるんじゃないかと。三井化学に入って、自分が無知であったことや、多くの化学企業がかなりいろんな取り組みをしていることを知ったわけですが、そうしたことも、ぼくら化学メーカーがもっている素晴らしい可能性だと思うんです。
三井化学は石油から多くのプラスチック素材をつくっているわけですが、そこの根元から全部バイオマス化できるようになったら、出てくるいろんな素材をバイオマス化できるんです。そんな大きなことは個人じゃ絶対できないし、そういうポテンシャルを持っているのは会社のおもしろさだと思う。それができたときに、自分がこの会社に入ったことの意味があると思えるのかなと思っています。
── 海水からできたプラスチックもそうですけど、言ってしまえば「現代の錬金術」ですよね。普通は捨てられているものをいかに使えるようにするかは、これからの素材の可能性といえるかもしれません。
そうですよね。三井化学はこれまで石油からの粗製ガソリンを使ってエチレンやプロピレンをつくっていたのですが、ぼくらはいま、バイオマス由来の植物油や残渣油からそうした素材をつくろうとしています。いちばん根元のところから植物由来のものに変えるので、そこから出てきたものが全部バイオ化されることになる。そういうものができると、気づかない間に世の中を劇的に変えていくことができます。
ただ、そうなったときに植物由来だろうが石油由来だろうが見た目は一緒だから、ますますコミュニケーションが大事になってくる。値段が少し高くなっても、商品のストーリーを伝えることで消費者に選んでもらえるようにできたら、それはこの仕事のやりがいになると思っています。
── 最後に、『Transcreation Lab』として訊いている共通質問です。翻訳を広い意味での「何かが変わるプロセス」と捉えたときに、松永さんにとっての「翻訳」とは何でしょうか?
人と人とをつなぐ、あるいはコミュニケーションを潤滑にするためのケミストリーかな。先ほども話したように、MOLpでは「完成品じゃないプロダクト」を通して機能がより前面に出るような見せ方をする翻訳作業をしていて、それによってコミュニケーションを生み出している。その人と人の媒介となるものが「翻訳」であると考えるのなら、言語的なものだけでなく、非言語的なあらゆるものづくりの仕事も「翻訳業」なんじゃないでしょうか。
化学の世界ではモノマーの分子同士をくっつけてポリマー化させることを「フュージョン」と言いますが、そうやって化学って何かと何かがつながって初めて価値が生まれるものだから、化学という営み自体も、広い意味でのトランスレーションと言えるのかもしれないなと思いましたね。
MOLpCafé 2021
2018年に東京・青山で開催し好評を博した三井化学のオープンラボラトリー活動「 そざいの魅力ラボーMOLpー」の展示会「MOLpCafé」。2021年7月、新たなメンバーも加わり、パワーアップして再び帰ってくる。
今回のコンセプトは”NeoPLASTICism”。複雑な現代社会において「素材」ができることを純粋な造形とともに表現する。脱プラスチックから改プラスチックへ。急激な社会変化の中で、これからの社会に素材がどのように貢献していけるのか、その可能性を「Beyond」と「Survive」という2つのキーワードで展示する予定だ。
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/molp/molpcafe2021/
PROFILE
YURI MATSUNAGA
松永 有理
三井化学 ESG推進室
「そざいの魅力ラボ(MOLp)」発起人
Interview by Yasuhiko Kozuka
Text by Yuto Miyamoto
Photographs by Keisuke Nishijima