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COLUMN

コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻を経た欧州の現在地

著者:西田 孝広

2022.Jun.08

コロナ禍明けの欧州旅行

この春4月1日にアムステルダム空港に降り立ってから、2ヶ月が経ちました(内1週間のケニア訪問を除き、欧州滞在)。今回の出張の主な目的は、インプレスランニング社を通じての、日本の陸上選手の欧州大会出場やコーチの海外研修のコーディネーションや現地サポートです。その内容については別の機会に譲るとして、ここでは、まだあまり日本人が海外に出ていないこの時期に欧州を旅するとどんな感じなのか、少し現地事情をレポートしてみたいと思います(今回のこれまでの訪問国は、イタリア、エストニア、オーストリア、オランダ、スウェーデン、チェコ、ドイツ、ノルウェー、ラトビアの欧州9カ国とケニア)。

閑古鳥が鳴く日本、大混雑の欧州

出国前の3月末の時点で、春休みとも相まって地元の福岡空港はかなり賑わっていて、国内旅行が再び盛り上がっている印象を受けました。しかし、いざ成田空港に着いてみると国際線発着エリアは人気もまばら、お店もほとんど閉まっていて、予想以上に閑散としていました。私の目的地はアムステルダムでしたが、通常運行している直行便はなく、仁川経由。当初はロシア領空を飛べなくなった影響かと思ったのですが、経由地の仁川空港では利用客がずっと多く、そこでやっと席が埋まり始めるのを見て、ああ日本直行便では採算が合わないのか、と悟りました。帰国は6月下旬予定ですが、まだアムステルダム-成田直行便は再開されておらず、パリ経由で戻ることになっています。日本では企業もまだ原則海外出張禁止のところが多いようです。

一方、新型コロナウイルス関連の規制が全廃された国も多い欧州では、国境を越えた人の流れが加速しており、主要空港では大混雑が起きています。コロナ禍で削減した人員の再雇用が間に合っていない事が原因の一つでしょうが、アムステルダムのスキポール空港などはその最たるもので、セキュリティ・チェック待ちの列が果てしなく続いているため、最低3時間前には空港に到着するよう推奨されています。ここを主要拠点とする地元のKLM航空は、ついに当面同空港発便の新規予約受付の中止にまで踏み切りました。多くの国が隣接しシェンゲン協定で国境間の移動の自由が担保されている欧州ならではの現象と思われるかもしれませんが、大きな街の主要ホテルでは米国人のビジネス客や年配の観光客グループを大勢目にするので、大西洋間の往来も活発になっているのは間違いありません。

新型コロナ対策の欧州内地域差と国境検査の復活

欧州には、国境検査なしで自由に往来することを許可するシェンゲン協定があります。加盟国はEU諸国にEU非加盟のアイスランド、スイス、ノルウェーを加えた26カ国。他にバチカン、サンマリノ、モナコなどの小国にも国境検査を経ずに行き来する事が可能です。ところが、コロナ禍がこの自由を奪い去りました。新型コロナウイルス拡大を防ぐため、各国が一時は国境を閉鎖、規制が撤廃されたり緩和されたりした現在も国ごとに規則が違う事もあり、その影響は続いています。例えば、私が4月下旬にオランダのスキポール空港からハンブルクに列車で向かった時は、公共交通機関内でのマスク着用が撤廃されたオランダから、まだ医療用マスク(布マスクなどは不可)着用義務のあるドイツに入る国境で、パスポートに加えてマスク着用のチェックがありました。それまで誰もマスクをしてなかったのに国境を越えた途端に皆がマスクを付けるのですから、その効果は疑わしい限りですが、そういう規則なので仕方ありません。その翌週訪ねたイタリアのベローナでもホテル、美術館などの建物の入館時にはマスク着用義務がありました。ドイツではコンベンション・センター入館時、イタリアではちょっと高級なレストラン入店時にグリーンパスと呼ばれるワクチン接種電子証明書の提示が求められました。日本はEUと協定を結んでいるので、日本発行のQRコードでもOKです。こうした規制は頻繁に変わるため訪問時期が影響した可能性もありますが、今回私が訪れた国の中ではこの二カ国でコロナ対策が比較的厳しい印象でした。それでも、日本のように屋外でもマスクを着用している国は一つもありません。

マスク着用義務の違いに関わらず、一時はほぼ全廃されていた国境検査は各国間で復活していて、ザルツブルクからミュンヘンへの列車やリガからタリンへのバスなどでも国境で止められて検査があったのは意外でした。しかし、必ずどの列車やバスでもやっているわけでもない様です。国境検査に時間がかかって、予定の運行時間から大幅に到着が遅れる事もあるので乗り継ぎ便を控えている場合は余裕を持って移動する必要があります。

ウクライナ情勢の落とす影

前回、日本出発前にウクライナ難民となった友人サーシャの体験について書きましたが、いざ欧州に来てみると本当にあちこちにウクライナ支援を表明する掲示があるのを見かけます。ロシアによる侵攻が始まった2月24日から5月末までに680万人が難民として国外に脱出し、内半数を越える360万人以上がポーランドで暮らしていますが、欧州のほとんどの国の公共施設では必ずといってよいほど自国旗と並んでウクライナ国旗が掲げられています。見ず知らずのウクライナ人家族5人を自宅に3ヶ月間住まわせている友人がいる一方、コロナ禍の影響を受けて自国民が職や生活に困っている中、政府が将来の財政見通しもなくとにかく支援に予算をかけるのはいかがなものかという不安の声も聞きました。

特に気になったのが、ロシア・ヘイトの問題であり、ロシア語やロシア文化を全否定しようとする一部の風潮です。欧州でも、ロシア人だというだけで嫌がらせや恫喝を受けるケースが頻発しているといいます。現在ウクライナで起こっていることだけを見るとロシア=悪、ウクライナ=犠牲者という単純な図式に見えますが、現実はそんなに単純ではありません。家族・親戚にウクライナ人もロシア人もベラルーシ人もいるなんて人はたくさんいて、そうした人たちは心の中で内戦が起きているようだと言います。ウクライナ人の3割ほどは母語がロシア語ですが、そうでないウクライナ人から「お前たちがプーチンに侵攻の口実を与えた」と非難される状況さえあるそうです。

言語の影響力は大きいのは確かです。それは時に「武器になる」とも言います。バルト三国の各国政府がロシアを共通の脅威と見なしている一方、エストニア語、ラトビア語、リトアニア語というそれぞれ別の言葉を持つそれらの国でロシア語が実用面では「共通語」として機能してきた歴史もあるように、言葉の問題は一筋縄ではいきません。その影響力の大きさを熟知しているだけに過激な抑圧に走るという面もあります。例えば、ラトビアの学校でウクライナ難民の子どもが母語であるロシア語を話していたところ、「言語警察」のような機関に通報され、聴取を受けたという話を聞きました。各国にはそれぞれの歴史や事情があり、何が正解かは難しい問題ですが、「人権」であるはずの母語を話す権利が、「安全保障」上の脅威として制限されている。戦争はそんな悲劇も生み出しています。

COLUMN

TEXT & EDIT: Takahiro Nishida

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