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欧州が熱狂するポピュラー音楽の祭典”ユーロビジョン・ソング・コンテスト”

著者:西田 孝広

2023.May.30

「ユーロビジョン・ソング・コンテスト(Eurovision Song Contest)」というイベントを耳にしたことがあるでしょうか?毎年5月に欧州各国の代表が集って競うポピュラー音楽の祭典で、多くのヨーロッパ人にとっては重要な年中行事です。私は、2021年は開催国オランダのホテルのロビー、続く2022年、2023年も出張中の欧州で、現地の熱気を感じながらTV視聴しました。かなり乱暴な例えですが、サッカーにおけるユーロの音楽版のような大会というと少しイメージが湧くかもしれません。サッカー・ファンが「ユーロ」といえばUEFA欧州選手権を指すように、ヨーロッパで単に「ユーロビジョン」といえばまずこのコンテストのことです。サッカーと違ってワールドカップは存在しないので、ポピュラー音楽においては世界最大の国際音楽祭にあたり、先日リバプールで開催された2023年大会も、準決勝、決勝合わせて約1.6億人が視聴したそうです。

主催は欧州放送連合(EBU)で、スイスのルガーノで開催された1956年の第1回大会以来毎年開催されている長寿番組です。参加各国の放送局が自国代表を1組選ぶのですが、私がかつて住んでいたスウェーデンでは、スウェーデン語で「メロディーフェスティバーレン(Melodiefestivalen)」と呼ばれる国内予選大会の時点ですでに大いに話題になる注目のイベントでした。北欧は、伝統的に特にユーロビジョン人気の高い地域で、ホスト国を務めた2016年のスウェーデンでは同時間帯のTV視聴者の84.7%が決勝戦を視聴、そのさらに上をいったのがアイスランドで、自国代表の敗退後にもかかわらず、なんと95.3%の視聴者がチャンネルを合わせたといいます。

ユーロビジョンの地域性

2016年は、同コンテストが初めて米国でも生放送された年で、その効果もあって全世界で2億人以上という視聴記録を打ち立てました。2020年に米国で公開された映画『ユーロビジョン歌合戦 〜ファイア・サーガ物語〜』では、主人公がアイスランドの小さな港町出身という設定で、実在するその街の名がついた挿入歌「フーサヴィーク(マイホームタウン)」を実際に歌ったのがユーロビジョン出場経験のあるスウェーデン人歌手モリー・サンデーンだったのも、こうした背景を考えると偶然ではないでしょう。米国人映画監督デビッド・ドブキンは同作の依頼が来るまでユーロビジョンについては「聞いたこともなかった」そうですが、この曲は同年のアカデミー賞歌曲賞にノミネートされています。ただ、映画公開後も、北米や日本で人気に火がついたとはいえず、ユーロビジョンの熱狂的な人気は、欧州諸国と、早くから同番組の放送を続け、60周年記念にあたる2015年にはついに欧州以外から初の正式出場国となったオーストラリアなど、特定の地域に限定されていることに変わりはありません。サッカーでさえ、北米での人気は今ひとつという状況を考えると、これはいたしかたないことかもしれません。

サッカー同様、ユーロビジョンにも強豪国が存在します。各国の審査員と視聴者の投票を合わせて勝敗を決するのですが、2023年大会でスウェーデン代表のロリーンが自身2度目の優勝を果たし、母国にそれまでの最多優勝国アイルランドに肩を並べる通算7勝目をもたらしました。当代一のヒットメーカーとして知られるプロデューサー&作曲家マックス・マーティンの故郷スウェーデンは、米英に次ぐ世界第3位の音楽輸出国。アイルランドも、U2、シネイド・オコナー、クランベリーズなど世界的に有名なミュージシャンを多数輩出している音楽大国です。その2国に続くのが、5勝の英国だと聞けば、その顔ぶれにさほど驚きはないかもしれません。ただ、完全に公平性が保たれているかというと疑問も残り、例えば、北欧諸国、バルカン諸国、ギリシャとキプロスなど隣国同士がお互いに票を入れ合う傾向が見られます。

ユーロビジョンの政治と経済

スポーツの祭典オリンピック同様、音楽の祭典ユーロビションも政治的な中立性を標榜していますが、実際には少なからずその時々の世相を反映しています。最近では、ロシアによるウクライナ侵攻後に開催された2022年大会でロシア代表の出場が認められなかったのはともかく、ウクライナ代表のカルーシュ・オーケストラが優勝したのも偶然ではないと感じた人が多かったのではないでしょうか。通常は優勝国が翌年の開催地となるのですが、戦禍のウクライナ開催は困難なため、2023年は、前年2位となったサム・ライダーの母国・英国のリバプールで代理開催という異例の大会となりました。会場こそリバプールでしたが、あくまで代理開催ということもあり、司会やゲストとして多くのウクライナ人が参加し、街ではウクライナ関連のさまざまな催しが展開され、ホスト局BBCのニュースでも盛んに取り上げていました。

その規模の大きさに比例して、ユーロビジョンの経済的な影響力もあなどれません。37カ国が出場した2023年大会ですが、ブルガリア、スロバキア、ルクセンブルクなど経済的負担の大きさを理由に出場を見合わせた国も少なくありません。一方、開催地リバプールでは、訪問客による支出という形で、開催に必要な巨額の投資に十分見合う約4,000万ポンドの経済効果があったと試算されています。今月アムステルダム滞在中に会ったラトビア人の友人がおもしろい昔話を聞かせてくれました。2003年ラトビアの首都リガが開催地となった時には、ユーロビジョン特需を見込んであらゆるものの物価が上がり、大会終了後もそのまま以前の水準に戻ることはなかったため、隣国リトアニアに比べてラトビアの物価が割高になってしまったのだそうです。ユーロビジョン恐るべし、です。

世界の音楽シーンへの登竜門としての役割

ユーロビジョンが、出場者たちの世界進出に果たしてきた役割も忘れることはできません。真っ先に名前が上がるのが、1974年に「恋のウォータールー」で優勝したスウェーデンのABBAです。その後のABBAの活躍については、もうここで語る必要はないでしょう(英語の慣用句でいう”The rest is history”というレベルです)。カナダ人のセリーヌ・ディオンが、1998年にスイス代表として、スイス人2人の作詞・作曲したフランス語の楽曲を歌ったのはめずらしいケースですが、それまでフランス語圏での人気にとどまっていた彼女は、同大会での優勝をきっかけに世界の舞台へと活躍の場を広げました。

そして、最近の注目株は、なんといっても2021年大会優勝のマネスキン。ロック系には分が悪いとされてきたユーロビジョンで、2008年のフィンランド代表ローディ以来、久々にロックバンドとして頂点に立ちました。当時平均年齢20歳だったこのイタリア代表は、コロナ禍で閉塞感の漂うヨーロッパの人々を、どこか突き抜けた圧倒的な個性で魅了したのです。古きよき時代のロックの妖しい魅力と確かな現代性を合わせもったマネスキンは、前出のマックス・マーティンと組んだ新アルバムが世界中で注目を集め、ユーロビジョン優勝曲「ジッティ・エ・ブオーニ」が最近日本のUCCのCMに採用されるなど、今では欧州の枠を軽々と越えて活躍しています。ここで白状すると、いわゆるクラシック・ロックやハード・ロックを聴いて育った筆者にとって、ユーロビジョンは、欧州文化の観察者として一歩距離を置いて見る興味の対象でしかなかったのですが、ことマネスキンに関しては、久々に心揺さぶられた期待の新星として、年末の来日公演が待ちきれない存在なのです。

COLUMN

TEXT & EDIT: Takahiro Nishida

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