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COLUMN

万華鏡を回すと涼風は海原を越える

著者:長谷川 一英

2021.Oct.20

最近、辻村深月さんの小説『かがみの孤城』をオーディオブックで聴いていました。主人公「こころ」の部屋の鏡が突然光り始め、手を差し伸べると鏡の中に入ってしまい不思議な城にたどり着くという異世界もの。城に集められたのは同じ年頃の7人。後半、なぜ彼らが城に集められたのか、城は誰が作ったのかといった謎が次々と明らかになるのですが、思いもよらない展開に惹き込まれ、聴き終わった時は、すっかり“ここロス”になってしまいました。

 異世界への入り口が鏡なのは『鏡の国のアリス』も同じ。光を反射し、キラキラしている様子に、不思議なことが起こりそうな感覚になります。今回は、鏡がポイントとなった「思考の飛躍」を紹介します。

Human-centeredな思考への気づき

 私は、ビジネスパーソンを対象に、思考を飛躍できるようになるトレーニングの講座を企画運営しています。この講座では、現代アートのアーティストと同じように、興味をもった社会事象についてリサーチを行い、思考を飛躍させて常識を覆すコンセプトを創ります。最後に、そのコンセプトを表現したアート作品を制作します。アーティストに講師として参加してもらい、それぞれの段階でアドバイスをしてもらいます。

 今回紹介するのは、情報セキュリティのシステム開発を行っている人の事例。コンピュータウイルスからいかに自社のシステムを守るかが、最大の関心事。最初は、新型コロナウイルスへの対策を仮想空間に転用できないかと考えていました。コロナウイルスもコンピュータウイルスも肉眼では見えませんが、可視化する技術を開発したらどうかとか、PCRの検査センターがあるようにコンピュータウイルスの検査センターを作ったらどうだろうかといったアイデアを提起してくれました。ところが、本人も、常識を覆すようなことにはならないと悩んでいました。仕事がらテクノロジー主体で考えてしまうのですね。私は、アウトプットがアートなのだから、実現できるかどうかは気にせず、一番望ましい世界を描いてみたらいいのではとアドバイスしました。

 その結果彼が制作したのは、手製のテレイドスコープ(万華鏡)。トイレットペーパーの芯に小さく砕いた鏡を貼り、先端にビー玉をつけて、子供が持っている地球儀を眺めます。万華鏡らしい細やかで美しい景色が映りました。テレイドスコープを回すと地球もまた回ります。

 彼のコンセプトは、「このテレイドスコープを観る人が増えれば、楽しく前向きな思いが伝わり、最終的に仮想空間の脅威を吹き飛ばす」というものです。異世界への入り口という鏡の魅力に気づくことで、Technology-orientedからHuman-centeredへと思考を飛躍させることができ、素晴らしいコンセプトになりました。

Meaningful Innovation

 万華鏡は、通常ステーショナリーとか工芸品とかの位置づけで書斎に置かれているものですが、彼のコンセプトでは、人の思いを伝えるという新たな価値を提示しています。このように、既にある事物に新たな価値を見出すことを、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授は「Meaningful Innovation(意味のイノベーション)」と呼びました。モノにあふれる現代、新しい技術を開発するよりも既存の事物に新しい価値や意味を見出すことの方が重要となる場面が増えています。「Meaningful Innovation」はTranscreationの一つの形ということができます。そして、ベルガンティ教授は、「Meaningful Innovation」を起こすには「内なる声に耳を傾ける」、すなわち「思考の飛躍」が必要だといいます。

Airbnbを成功に導いた体験

 内なる声から新たな価値を創出した事例として、民泊サービスのAirbnbをみてみましょう。Airbnbは2008年設立、それより前から民泊サービスを提供している会社はいくつもあって、予約システムなど技術的に新しいことは特に開発しなかったそうです。技術開発以上に考えなければいけないことがありました。

 創業者の一人ジョー・ゲビアは、大学を卒業した直後に、一人で自動車旅行をしている青年とバーで意気投合したことがありました。「今晩どこに泊まるの?」と聞いてしまったがために、青年を自分の家に泊めることになってしまいました。もし変な人だったらとその晩はずっと気になったものの、何事もなく、青年は翌朝旅立って行きました。この経験から、見知らぬ人を自分の家に泊めるのはとても不安で、それを解消しないとこのビジネスは成り立たないと気づいていました。そこで、ホストはプロフィールをwebに掲載し、ゲストは、なぜあなたの家に泊まりたいかを書く、泊まった後はお互いにレビューを書くという仕組みをデザインしました。プロフィールは、短いとよくわからないし、あまりに長いと読んでもらえません。どれぐらいの長さがいいかなど実験をして決めていきました。Airbnbは、単にホストとゲストのマッチングをするのではなく、信頼を可視化するという新たな価値を提起したことで、世界中にサービス展開するまでになったのです。

ドキドキの体験が思考を飛躍させる

 現代アートは、もともと常識を覆すコンセプトを提示しているので、「Meaningful Innovation」を思わせる作品が数多あります。ここでは、Airbnbと同様に見知らぬ人との関係を作る作品を紹介します。

 2014年に森美術館で行われた「リー・ミンウェイとその関係展」。台湾生まれでニューヨークを拠点としているリー・ミンウェイは、見知らぬ他人同士がそれぞれ信頼、親密さなどの意味を考えることを促す作品を制作しています。このとき展示され非常に印象的だったのは『ひろがる花園』という作品。展示会場にいろとりどりのガーベラの花が生けられています。鑑賞者はこの花を一輪持ち帰ることができますが、次の約束事を守る必要がありました。

  1. 美術館に来たときとは違う道を通って帰る。
  2. その途中で会った知らない人に、花を贈り物としてわたす。

日本人の場合、知っている人に花をわたすのも勇気がいることが多いのに、見知らぬ人にわたすというのは、ものすごくチャレンジングなこと。実際に花をわたした方々のエピソードがいまもFacebookに残っています。「美術館に来てこれだけドキドキしたことはなかったけれど、笑顔で受け取ってもらえました!」 美術館の中の花園が、街中に広がっていくとともに、ハッピーな感情も広がっていきます。テレイドスコープのコンセプトと同じことが起きていたのです。

 ジョー・ゲビアにしても見知らぬ人に花をわたすことにしても、アドレナリンが出まくるドキドキの絶頂からほっと安心することを経験しました。ドキドキの体験は、その人にとっての当たり前の世界から外に出ることです。そして、このような体験は鮮明に記憶に残るので、後々なにかを生み出す原動力になるといえるでしょう。最近の私達の日常からは、ドキドキすることが少なくなっているように思います。「思考の飛躍」を起こすには、積極的にドキドキの体験を創り出し積み重ねていく必要があります。

海を渡る涼風

 冒頭の小説『かがみの孤城』の「こころ」は、実は学校に行けずひきこもっている中学生。辻村さんはこの小説を書くにあたり、フリースクールの先生やカウンセラーに取材しました。そのときある先生が言ったことがあります。「カウンセラーの仕事は風のようであってほしい。」 “先生のおかげで助かった”と言われるうちはまだまだで、辛い時期があったけれど気付いたら平気になっていた、その時に何か引っ張ってくれるような風が吹いていた気がする、ということだろうと辻村さんは考えています。

 とても素敵な言葉ですね。「Meaningful Innovation」も同じことがいえると思います。コンセプトを考え実装するのは大変ですが、ユーザーはその苦労を知らなくても、提供された事物に接したとき、一陣の涼風が吹いたように心地よくなれればいいのです。その風が爽やかであればそれだけ繰り返し利用するでしょう。これはMeaningful Innovationだと宣伝しなくても、リー・ミンウェイの花のように自然に広がって海をも越えていきます。

 あちこちでMeaningful Innovationの涼風が生まれ海を渡ることで、仮想空間も現実空間ももっと優しい世界にしていきたいものです。

COLUMN

TEXT & EDIT: Kazuhide Hasegawa

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